弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

MOMO

 湾岸地帯の巨大な弓なり公園で猟銃を持ったまま命を受けた私が、撃ったらいけないのねと叫んだ。殺意と浮気くらいしか知らない私の足元にある濡れたクローバーの浅い茂みの大樹木の根本に、相手がレインコートを敷いて横たわっている。相手との初めて会ってのピクニックだ。
 裸足でクローバーをふんで、相手を見下ろし、大丈夫、と大声で言った。どうして君の様な小娘に惹かれているのだろう、と呟いた相手に対して。
 私も大丈夫だ。今日も学校で男女差別にあったけれども始末した。トランスとハウスの溶け合う音楽が鳴り響いている。ベリータルトを頬張った。
 モモ=ゼルダ=荒崎ペドファイルでもあるお姉様に付けてもらったミドルネームはトルコ共和国ではデザートを意味する。生粋の日本人の私は、お姉様とは旅行途中のギリシャで会った。欧米ではポピュラーな名だそうだけれど、お姉様の命だからいい。お姉様の命を受けて相手といるけれど、私はウェルカムでいる。相手は凹みながら凸っていて、私は困っている人に対して足を広げなかったことはない。
 若さゆえ? 何歳になっても花は咲くの何とでもおっしゃい、ああまたお姉様の口調の影響だ、気を取り戻して猟銃を、と意識を巡らした。
 がちりと撃鉄を。公安委員に足を広げたわけでもないけれど。そんな私はアリスほどロリータではないが何だか自分が相手に似ていると思えてきた。目を凝らすと、相手、やはり赤ちゃんみたいだ。たまには私にもママの代わりをやらせてみて欲しい、嫉妬が猛威ふるう中から大人びた手を差し伸べて。
 音楽が一度止む。
 いい子、撫でてあげるわ。その声素晴らしく聴こえるのはいいのだけれど。いい子、従順に受け入れなさい、いい子。ああすぐに答えが飛び出るよ、感謝。
 それから、あの旅を思い出しながら私が立ち上がった。相手は瞑想している。かと思うと回復ヨガみたいな動きを始めた。敷いてあったレインコートを着込んで弓なりの公園を眺め廻している。何かがうまくいっていない様に伺えた。汗をかいた鉛色の死に顔をしている。なんなの赤子なんか、今度は本当に死んでしまえばいい。
 そんな私の汚れっちゃった殺意も未だ変わらない。極彩色のギリシャの美しい会員制クラブのDJブースのまえで出会ったお姉様を眺め尽くしたあの日、ふたりとも天竺キャミソールが汗だくになっていた。口に入れられたお菓子は口に合わなかった。そうじゃない、そわそわ踊っていて食欲はなかったのだ。耳がイカれそうだったし頭もイカレポンチだそうだし。
 いい子、スイートね。その声心地よく聴こえる。いい子、殺し切ってはいけないの溶け合えば思考がそうなってしまうの。
 そしてその時だ、私はクラスの席替えの恨めしさを打ち明けたお姉様に対しても、なんだか荒々しい気分になってきていた。でも、その後はお姉様の微笑みがあって素直に受け入れてのけた。よく眠ることができたわ、あ、り、が、と、う、お姉様。姉のいる私はそう言った。
 いま命を受けている私が公園で火照っている。小降りとなっていく。またもとのモモへと醒めていく。お姉様から遠く離されて眠っていく様だ。きらきら煌めく爆音の中の眠り。割れ砕け散りそうなステンドグラスの内部にいる。相手が何か言った。けれどもまた何も聴こえない。鳴って聴こえているのはトランスとハウスの溶け合う音だけだ。ビートの切れ目に、コー、コー、コー、と断続的には外の音も聴こえるけれど。爆音鳴り響きつづける中、未だ食べ終えられないベリータルトを無理して口にする。
 そして夕日はあった。この湾の向こう、光彩陸離な陸影に落ちかけた雲に穴が空いて、そこから傾き切った太陽の火柱が海へとぶっ挿して埋め込んでいる。目のまえに迫り来る様な暗い巨大な樹木があった。夜に近づくと深い色合いから見えなくなっていく。そこからの夕焼けが巨人のあんぐり開けた口の中の様に見える。あそこに向けてぶち込みたい。夜はもうすぐ三ヶ月だ。
 スイートハート。媚び売るみたいに相手がそう言った様な気がしたから、私が齧りかけのベリータルトを振りかぶって遠くへ投げる。暗がりに沈みかけている季節外れの蓮華草の茂る辺りに落下する。猟銃のトリガーを引く。ケーキにむしゃぶりつくハクビシンだろう小動物らしきものの頭部が炸裂した。赤子の最後の声が聴こえた気がする。鳴り続けている爆音の中に未だそれはある。相手が驚いて起きて赤子みたいな目でこちらを見る。しっかりしてよ、聴こえてる? 
 あ、あ、あ、あ。
 聴いていないのは私のほうなのだけど、もう相手しない。
 いままではピクニック。そんなのただのピクニック。こんなモモ=ゼルダがようやく再会したら、またすべてを受け入れてギリシャゼルダお姉様とともに、幼く気狂いダンスをする、未だのモモが。けれども溶け合ってしまったら? 戻れなくなると思う、すべての未だのモモが。