弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

夜の美術館

世間は休日で、母の日だそうで、私たちには縁がないが、そう悪くない日なのだろう。
私は私の誕生日よりも、クリスマスが好きだ。何の感謝もない日のなかで一番好きだ。
十二月の末、結婚が理由で、仕事も兼ねてヨーロッパへ旅をしたとき、フラ・アンジェリコフレスコ画を眺めて涙を流したことがある。
絵画の全体の左側にいる大天使ガブリエルの翼の色彩ばかりが目に入っていた。きっと私はあのとき、鑑賞などしていなかった。私は私に続いて泣き出した隣りの妻に謝っていたことを覚えている。
そういえば、昨日は十二時間眠って十二時間起きていた。雨のせいだろう。
私には土曜日しか休日がない。いつもどうり業務をこなし、家路についてから、昨日、祖母から留守電が入っていたことを思い出した。確か、みりん干しが届いたかという確認だった。私はそれを昨日妻と共に食べ終えてしまっていた。お礼の電話をしようとしたら、すでに妻が祖母にお礼を伝えてお返しもしていることを知った。
また送ってほしい。
来るそうよ、夜。
ほんとうに祖母は来た。
今夜、私の勤務先の関係する美術館に三人で向かった。ヨーロッパで観て廻ったものと同じ、マルセル・デュシャンの「作品」。
それでも祖母は何もいわず、こともなく廻り終えた。
雨に打たれながらの帰路、今日の由来を知っているかと、祖母がいった。何度も聴かされている。わけもなく私を責めている様だった。妻を責めているのかも知れなかった。老いるとそうなるらしい。
水のたまる路面の角のゴミ捨て場に、赤い派手な造花や包装紙が濡れながら幾つも捨ててあるのを見い出した。
まるで産業廃棄物だね、と祖母がいった。
祖母が寒さ極まるクリスマスに他界すれば、私にとって、それが記念日になるかも知れない。
そうなれば、私はもう一度、フラ・アンジェリコのあのフレスコ画を観に行く。
雨雲の動きが速度を増した。