弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

上の空

シンガポールのスコール、太陽から雨が降ってくるというのはほんとうだ。

磨かれた高層ビルの谷間を人々が、身をかがめ悲鳴を上げてばらけていく。

陽の光は微動だにしない。止んだかと思うと、街の谷間へと水鉄砲が落下する。

店の屋根も壊す。もう悲鳴すら上がらない。人々を投げやりにさせる。窓辺に避難

していた見知らぬ鳥が、その中へ羽ばたいていく。

暗い食堂から外の光景に見入っていた私は、注文した料理にまた手をつけた。

鳥料理を割っていると、店のドアが鳴った。晴れた外の音が入り込んできた。

音の後から、フードつきのビニールシャツの老婆が入店してくる。

店主に向かって手を挙げて、斜向かいの角のテーブルに腰を掛けるまでに、

私は大変不味い料理を平らげてから、おすすめの安価なカクテルで油を流しこみ、

老婆を見守ることになった。

厚い本を支える手に、大きな宝石の指輪をつけていた。よれたシャツの胸元にも、

装飾がぶら下がっている。

英語で、主の名をつぶやきだす老婆、それに対する店主の厳しい視線と態度で、

どうやらそれが習慣であることを私に了解させた。店主も一緒につぶやいている。

マタイだ。有名な一節だ。

十字を切って天を仰いだ。雨水がしたたり落ちた。店内の照明が消えかけた。

たまっていく雨水をブリキのバケツで処理する、を、繰り返しながら店主は、

店を閉める様にと私に言った、またでかいのが来やがるんだ、何度でも来やがる。

覚束ない足取りでスーツケースを転がしながら私は、かしいだドアの外に出た。

高層ビルの上の太陽を見て、私は目をやられた。目薬を三滴づつ点してから、

ドアの釘に閉店の札をかけて、店に入った。

真っ暗で何も見えない。スーツケースで通路を探りながら、どこかに腰掛けた。

すすり泣きが聴こえてくる。老婆の声がなだめると、すすり泣きが号泣になった。

私は目薬のしずくをフェイスタオルで拭き取った。暗闇に私の目が慣れてくると

店主は床にくずおれているらしかった。嘆いては号泣する、を、繰り返していた。

終わらない。いつまでも終わりそうにない。

ランタンをもった女将らしき者が胸を張って入ってきた。