弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

コルトレーンの亡霊

 都会にもかかわらず幾千とも知れぬ蝉の鳴き声による冷笑へ向けて熱を発し、若やかな女の横でA Love SupremeのA面を聴きながらコルトレーンとともに至上の愛を十九回唱える。老いた私が、あたかも十九回目での君との結びをカバラーすなわち了承する様にして。
 夏の盛りのたび東京から、私はひねもす大分の南と宮崎の県境に位置する田舎に戻っては、湾から見渡せる小さな黄金島へと真っ黒のボートを漕いだ。コルトレーンの亡霊宿る黄金島へ、バイセクシュアルの君を乗せて。ヒッピーにしてコルトレーン狂の伯父が溺死した黄金島へ十九回目の着岸を果たし、君はいつもの様にポータブルレコードプレイヤーを回転させ始めた。私はしばらく陸地を廻ってから暗くなれば夜光虫が発生するあの太陽に輝く砂地に御都合主義のポルノばかりだと呪文の様に呟いていた君を押し倒し、やり方も分からぬまま血族たる君の真っ青のミニスカートを引きちぎった。ポータブルレコードプレイヤーから廻り出るコルトレーン、そのさなか、私の息遣いを悟ってか君は抵抗せず、しかしこちらを傷付けない優しい拒否に行動を移した。年齢より更にあどけない君のしなやかなターコイズ輝く指が私に触れる。とたん、私は気を失った。私の抜け殻を君は、当時勇ましいほど憑かれていた神秘主義に酔いながら黄金島の夏の日差しの下、いつまでも見守っていた。
 長い間眠っている私を列車が北へ運び続けていた。目が覚めると列車の天井のライトが淡く灯っていたのを覚えている。断続的に列車の車輪の音がしていた。その音の一つ一つが南から私を引き裂き遠くへ導いていった。あの日を堺に私は東京に避難する様に帰ってから黄金島へ二度と戻らなくなったのだ。
 君の神秘主義に身を委ねながら黄金島に着岸してはコルトレーンを宿らせる様に流したA Love Supreme。コルトレーンのレコードや小物をも君は溺死した伯父が植えたセフィロト=印度菩提樹に納めたりしたものだった。黄金島の裏側は君のお気に入りだった。岩しかなくて砂は無く波は荒かった。伯父を喰らったという鮫も出る。とても走ったりできる海辺ではない。そこが自然なる化粧をほどこす様になった君と結ばれるにはお似合いな場所なのだと考えたが、私には技術がなく、不甲斐なく諦め、砂地に決めたのだった。神秘主義に憑かれた君との儀式に従ってそうしたつもりだった。十九回目が結ばれる日と自身で了承して。
 あれから老いた私はもう東京の一角のジャズバーにでも潜り込んで沈むしかない。ああ例のデカダンか、と嘲笑を背に受けながら。至上の愛を十九回、すべてのジャンル何をも聴くはずの私も至上の愛に狂っている。君にすがる様にして。
 二日酔いのまま、一回り差があるバイセクシュアルの君に沿うように好んで入り浸っていたレズビアンのブルーフィルムを流す映画館であることが起こった。起こりうることなのかと私は思ったが、後にワールドウェブサイトというものにささやかに載っていた。ささやか過ぎて詳細は知らぬがともかく私もそこにいた。
 真夏にトレンチコートを着て暗い待合室に女はいた。私同様観客らしきその女は逆立ちのチューリップ帽子を深く被っていて目元は見えない。トレンチコートの裾の右側から細い足が覗けているところが洒落ていて、週刊誌のモデルを思わせた。するとこちらに敵意とも取れる様に陰る細い鼻をこちらに向けた女は、もういいかしら、と言って私を動揺させた。
 いつもの様に館の内部で私が上映を待っていた。断るが、君を思い描いて自分を汚したことはない。ブルーフィルムに君を重ねて自分を汚したことも一切ない。ともかく私は上映を待っていた。館の中が闇になる。その時、緞帳から影が走った。そして止まったその影は先の女となって出現した。現れた女は、男だけの世界、と叫んでスクリーンを覆う幕をこちらからは伺い知れぬほど小さく切り付けたのだった。館の中を悲鳴が走り廻ったりはしなかった。静かだった。幕の手前で振り向いた女はトレンチコートを広げた。青白かった。しかし会場は静かだった。静けさの中、駆けつけた警官に女は取り押さえられ、映画は無事に上映され終えた。映画館の暗闇で君の躰付きを思い描いた。
 外に出た私は目がくらんだ。その時気がついたのだ。君の面影のある女がたくさんいることに。しつこく持続する既視感の中、都会の陰日向いたるところに神秘はあった。私は君の面影を当てはめていたのだった。君の面影をまさぐり求めて渋谷を渡り歩いた。女たちの数に目眩がした。目眩の中より君の面影を探す。幾人かいた。その日はそれで事足りていた。渋谷はいつでもある。いつでも君があるのと同様に。
 それからだ、神秘に包まれた私はガールハントを遂行した。ナンパと呼ぶらしい。憑かれた私はナンパを実行した。だがこの私だ、上手く行くはずがない。私は敗残兵となり、何度も戦死した。私は覚束ぬ足取りで彷徨った。渋谷の109という半円筒状のビルがあるのだが、あぐねた末、私はそこへ入った。そこは異常に目映かった。何周も廻って何階にも登ったが、ビルの中に目当ての物が見当たらない。そこでできるだけ派手な流行に乗っていると思しき女性店員を選んで、ジーンパンツはありますか、と私は聴いた。頬紅華やかな店員は、優しく拒否した。昨今ジーンパンツとは呼ばないらしいことを聴いた。ジーンパンツでは通じにくく、ややもすると若者の間では恥ずかしい言い廻しらしいことを女性店員から見て取った。
 私は初めて着飾るということを実行したかったのだ。次に入ったのは若作りしたいのならと勧められたBEAMSという店だ。混んでいた。狭い螺旋状の階段を目当てへ向けて廻って登り、こちらへ嘲笑をうかべる若い君の様な女を連れた青年どもの中、店員へ向けて、私は羞恥心の中から頭を突き出し、蓄音機の様に「デニムヲクダサイ」と言ってのけて見せたのだ。
 そしてナンパのメッカ、新島へ渡った。しかしあの懐かしい八〇年とは様変わりしていて、私より老いさらばえた死間近の者ばかりなのだった。それは好都合だった。私は疲れながらも島を何周もした。そして老人の中一際目立つ真っ白な華やかさで着飾った女に私は声をかけたのだ。狙い通りだった。老人たちの中の若者というものは驚くほど目立って見せる。左右のバランスの違う不思議な黒い髪型をした女の視線で、私の服装に過剰に意識をやっているらしいのがこちらに容易に了解された。世に多く存在すると知ってはいたが、これぞ老けた男が好みかも知れない。君の面影の宿りをも私は見抜いていた。そして今度こそはと私は奮起して一言呟いたのだった。微笑みを返した女はこちらに握手を求めた。塗装の剥げた漁船が汽笛を上げた。
 日々、うら若い君の面影宿る女と私は地元の井の頭恩恵公園の池に浮かんでいる。前髪が傾斜している女はスリップを好んで着ていた。妻子のいない私にとっては浮遊した幻の心地だった。私たちは逢い引きを繰り返していた。いつの日だったか、ここに来る道すがら、公園へ下る勾配で女が私に言い放った。ロリータコンプレックスにしてシスターコンプレックスなのでしょうと。とうに見抜かれていたとも言える。二人は笑い合った。とにかく私たちアベックは毎日緑色に濁る池に浮かんでばかりいた。
 十数回目の逢い引きの日、太陽の下でオールを漕ぎ静止して辺りを伺った。青葉の生い茂る樹木が池を包囲しながら幽霊の様にしなだれかかっている。休日のせいで、池は玩具めいたペダル式のボートでひしめいていた。波立つたびに、私たちのボートが大きく揺れ、沈没を何度もしかけた。私の黒いランニングシャツが陽を吸収して私は発汗を抑えられないでいる。女は非常に薄い携帯電話からジャズを流してくつろいでいる。
 私たちはジェネレーションの事ばかりを語り合った。話は廻っていた。そして、話の回転のさなか、唐突に結婚を申し込まれた。出会って十数回にもかかわらず。近頃の若者はその様な感覚を持っているものなのだろうか。ただの直感かと疑ってもみた。相手の笑みで冗談と知れた。とたん、女は真剣さを伝えるためと、本腰を入れてかシャツを脱ぎ、青白い肌を露わにして見せた。この行動が近頃の覚悟であると私は理解した。池を囲って巡る参道の人々についてはあずかり知らぬがボートのごった返す池は静かだった。皆こちらを見まいと努める様に。
 そして巴里に行かないかと女が言い出すのだ。銀巴里の事かと冗談のつもりで返すと、笑ってくれた。しかし冗談などではなかった。巴里、いいだろう。私は君の面影と結婚する事になるだろう運命を、浮かぶ池の上でこの時知った。祀られた神に背く様に、君をわすれ得ぬまま。

 

 去年、巴里からの帰国の心地覚めやらぬまま、実は女を連れて伯父が溺死した懐かしいコルトレーンの亡霊宿る南の黄金島にモーターボートで忍び込んだ。目映い色合いの塗料を躰のあちこちに塗りたくったヒッピー崩れの集まる島となっていた。国際色豊かな若者たちさえもがたむろしていたほどに。
 女が裏側に足を運んで行くので剣呑だからと止めた。剣呑とは何かと知りたがる女の持続する優しい好奇心に私は折れた。島の裏側には長髪の異人が数人、真夏に焚き火を囲んでいた。そこに老い切った伯父の弟を見い出した。狭い漁村ゆえ当然とも言えるが、老い切っていてもなお伯父の面影を濃く残し私を抱き締める彼との出会いが私にとっては啓示だった。亡霊が私を包むが如く。私は挨拶もせず力んで思い出の昔話をした。すると伯父の弟は勢い混んでこう答えた。
 君の姉は兄貴についで後追い自殺したのさ、神秘主義者なんかではなくベンゾジアゼピン系の薬で遊んでいただけだったしおれの兄貴としけこんでいたしそれに兄貴も君の姉もあの飛び回る蜂の羽音の様なサックスが嫌いだったのさ、ところであの兄貴が植えた昔からある西洋菩提樹木からはハーブや甘い蜜が取れて人気なんだ。
 こちらの質問に答えず喋り続ける伯父の弟は呂律が廻っていなかった。それにしても神秘コロニーへようこそ、と異人たちの群れへと私たちを迎え入れる彼はどう見ても呆けていて見えた。薬草とともに煮込んだのだという鮫を食べ始めながらこちらを眺めやった。私が断ると、所在なげにスカートを弄んでいた女が砂浜へ私を誘った。電子音が波と鳴り響いていた。
 亡き姉よ、二十一世紀の現在も化粧直しを施しては廻り繰り返される神秘主義によって精神に異常をきたした者どもにより、黄金島はプログレッシヴロックまがいにまみれている。コルトレーンの亡霊宿る黄金島は神秘主義に憑かれたヒッピー崩れどもによって、占いや野外ディスコ、つまり行楽地と化し、君のカバラへの心酔のバニシングポイントとなり果てたのか。発光する夜の砂地の青色は変わらないままだと思った。女が海辺のディスクジョッキーに懐かしいジャズの名盤をリクエストした。

余暇

退屈だな? 
君が退屈なひとに成り果てているから。
つくれとはいわない。
せめてその退屈を、
抱きしめてしまえ、こちらから。
どんな心地がするだろう?
聴かせてください。 
退屈だった心地を、
振り子のように、だんだん振幅を増殖させていって、
それがマックス激しくなったとき、
便箋で手紙をください。
この深い夜に、暇なので。

MOMO

 湾岸地帯の巨大な弓なり公園で猟銃を持ったまま命を受けた私が、撃ったらいけないのねと叫んだ。殺意と浮気くらいしか知らない私の足元にある濡れたクローバーの浅い茂みの大樹木の根本に、相手がレインコートを敷いて横たわっている。相手との初めて会ってのピクニックだ。
 裸足でクローバーをふんで、相手を見下ろし、大丈夫、と大声で言った。どうして君の様な小娘に惹かれているのだろう、と呟いた相手に対して。
 私も大丈夫だ。今日も学校で男女差別にあったけれども始末した。トランスとハウスの溶け合う音楽が鳴り響いている。ベリータルトを頬張った。
 モモ=ゼルダ=荒崎ペドファイルでもあるお姉様に付けてもらったミドルネームはトルコ共和国ではデザートを意味する。生粋の日本人の私は、お姉様とは旅行途中のギリシャで会った。欧米ではポピュラーな名だそうだけれど、お姉様の命だからいい。お姉様の命を受けて相手といるけれど、私はウェルカムでいる。相手は凹みながら凸っていて、私は困っている人に対して足を広げなかったことはない。
 若さゆえ? 何歳になっても花は咲くの何とでもおっしゃい、ああまたお姉様の口調の影響だ、気を取り戻して猟銃を、と意識を巡らした。
 がちりと撃鉄を。公安委員に足を広げたわけでもないけれど。そんな私はアリスほどロリータではないが何だか自分が相手に似ていると思えてきた。目を凝らすと、相手、やはり赤ちゃんみたいだ。たまには私にもママの代わりをやらせてみて欲しい、嫉妬が猛威ふるう中から大人びた手を差し伸べて。
 音楽が一度止む。
 いい子、撫でてあげるわ。その声素晴らしく聴こえるのはいいのだけれど。いい子、従順に受け入れなさい、いい子。ああすぐに答えが飛び出るよ、感謝。
 それから、あの旅を思い出しながら私が立ち上がった。相手は瞑想している。かと思うと回復ヨガみたいな動きを始めた。敷いてあったレインコートを着込んで弓なりの公園を眺め廻している。何かがうまくいっていない様に伺えた。汗をかいた鉛色の死に顔をしている。なんなの赤子なんか、今度は本当に死んでしまえばいい。
 そんな私の汚れっちゃった殺意も未だ変わらない。極彩色のギリシャの美しい会員制クラブのDJブースのまえで出会ったお姉様を眺め尽くしたあの日、ふたりとも天竺キャミソールが汗だくになっていた。口に入れられたお菓子は口に合わなかった。そうじゃない、そわそわ踊っていて食欲はなかったのだ。耳がイカれそうだったし頭もイカレポンチだそうだし。
 いい子、スイートね。その声心地よく聴こえる。いい子、殺し切ってはいけないの溶け合えば思考がそうなってしまうの。
 そしてその時だ、私はクラスの席替えの恨めしさを打ち明けたお姉様に対しても、なんだか荒々しい気分になってきていた。でも、その後はお姉様の微笑みがあって素直に受け入れてのけた。よく眠ることができたわ、あ、り、が、と、う、お姉様。姉のいる私はそう言った。
 いま命を受けている私が公園で火照っている。小降りとなっていく。またもとのモモへと醒めていく。お姉様から遠く離されて眠っていく様だ。きらきら煌めく爆音の中の眠り。割れ砕け散りそうなステンドグラスの内部にいる。相手が何か言った。けれどもまた何も聴こえない。鳴って聴こえているのはトランスとハウスの溶け合う音だけだ。ビートの切れ目に、コー、コー、コー、と断続的には外の音も聴こえるけれど。爆音鳴り響きつづける中、未だ食べ終えられないベリータルトを無理して口にする。
 そして夕日はあった。この湾の向こう、光彩陸離な陸影に落ちかけた雲に穴が空いて、そこから傾き切った太陽の火柱が海へとぶっ挿して埋め込んでいる。目のまえに迫り来る様な暗い巨大な樹木があった。夜に近づくと深い色合いから見えなくなっていく。そこからの夕焼けが巨人のあんぐり開けた口の中の様に見える。あそこに向けてぶち込みたい。夜はもうすぐ三ヶ月だ。
 スイートハート。媚び売るみたいに相手がそう言った様な気がしたから、私が齧りかけのベリータルトを振りかぶって遠くへ投げる。暗がりに沈みかけている季節外れの蓮華草の茂る辺りに落下する。猟銃のトリガーを引く。ケーキにむしゃぶりつくハクビシンだろう小動物らしきものの頭部が炸裂した。赤子の最後の声が聴こえた気がする。鳴り続けている爆音の中に未だそれはある。相手が驚いて起きて赤子みたいな目でこちらを見る。しっかりしてよ、聴こえてる? 
 あ、あ、あ、あ。
 聴いていないのは私のほうなのだけど、もう相手しない。
 いままではピクニック。そんなのただのピクニック。こんなモモ=ゼルダがようやく再会したら、またすべてを受け入れてギリシャゼルダお姉様とともに、幼く気狂いダンスをする、未だのモモが。けれども溶け合ってしまったら? 戻れなくなると思う、すべての未だのモモが。

 

 

 

フライヤー

 あまり多く書きすぎなのでは? 
 なぜならば、読者様が間に合わないから。
 雑になってゆくから。
 と思ったけれど、読んでいただいている、
 このように雑でありながら!

 どうしようかと粗雑にではありますが考えあぐねています。
 かきながら。
 恥も忘れずかきながら。
 冷や汗すらをもかきながらです何故ならば、
 私は読者様を舐めてかかってなどいませんので。

 過去の作品は読まれにくいものだと耳にしていました。
 けれども確かに読んでいただいているようで、こりゃびっくり。
 これは感謝せずにはいられません。
 ほんとうにこころからありがとうございます。

 読むものも多く、ほかにも手がけているものもあるものでして、
 そのせいでなかなかこのブログ(?)に手が廻りにくいものであります。
 けれども立ち止まらずに考え続けますね。
 兎にも角にも立ち止まらないことが要、と銘じて。
 
 それでは、これからもよろしくお願いいたします。

2018/05/28 弌矢。