弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

君がここにいてくれたなら

君がここにいてくれたなら。
僕と君は友人だったから。
ドラム缶を叩いて踊り狂っていたし、
上空へ叫び声を上げて、
怒鳴られてさえ止めなかったから。

君が今ここにいてくれたなら。
友人である君を思い出している。
潤みもしない瞳で、
演じていた素晴らしい音楽たちと共に、
君を思い出している。

僕らはハードコアでいてプログレッシヴな、
あの音楽たちの批判していた内容のように、
本当になってしまったのか?
見当たらないのだ、
あの痛みある震えた青空は今、どこにある。

君がここにいてくれたらいい。
僕らは枯れた丸太のようになってしまったか。
音も鳴らない枯れ木に?
まだあの樹木のある公園もあった。
すべて風に吹かれて燃えてしまったか。

遅れてしまったか。
手遅れなのか。
取り返しがつかなくなったのか。
思い込みなのか。
思い込むがゆえ、本当になってしまうのか。

道が燃えている。
よく見ると、足跡が炎を上げている。
過去へ向けてかかとが、
つづら折りに続いている。
それを僕は目で辿っている。
その先に若い僕らはいて、
竜巻く色彩のなかで、いつまでも踊っている。

生きている意味が分からなかったあの日々が、
いちばん価値があったろう。
今、もしも君が僕のとなりにいてくれたなら。
今を耐えるためにも、
今君がそばにいてくれたらいい。

 

カラースライド

「風景よりも写真機が気になるの?」
 混み合うエレベーターのなかで、彼女がいって僕に笑みを見せた。彼女の精神にも良い事だろうと、東京タワーのなかからの景色を眺めに行く所だった。
 確かに僕はカメラばかりを気にしていた。とはいっても、自分ではなくて他人の持ち歩くカメラばかりを気にしているのだが。親元を離れて東京で暮らしているせいだろうか。こうして僕は最近いつも苛ついている。エレベーターのなかでも皆がカメラを持っている。「一億総写真家」の現在、写真家である彼女はそれを気に病んだりはしていないが、プロではない僕の方はそれに対して苛立ちを覚えていた。
 登りついた僕たちは窓際の皆に混じって上空のフロアからの眺めへ向けてシャッターを切った。彼女は気軽に撮っていた。僕はといえば、それが責任みたいに写真を撮り続けている。何故こんな事をしなければならないのか。
「お腹が空いた」
 彼女がそう言って僕の手を引いた。
 レストランからは旅行客の人混みとテーブルの向かいに座る彼女だけしか見えなくなっていた。窓が遠くて東京が見えない。
 ざわめきのなかでオムレツを食べ終えてから何か冷たい飲み物をとメニューを見返していると正面から彼女に、撮りためた写真について意見が欲しいといわれた。インスタグラムで知り合った仲だから、彼女によりアップされたそれらについてはすでにコメントをしている。彼女の手による他の物について僕が答え出すと、彼女は嬉しそうに僕を見詰めた。
 インスタグラムを遠慮する事を勧めていた。アップされた物を写真集にするのは止めておいた方が良い。見知らぬ者どもからぼろ切れの様なコメントを受け、それに対して一々傷ついている彼女の分かりにくい写真などは、どうせ売れたりなどしないのだから。そう言った事があった。彼女はネット民(そんな存在があるとして)に向けて撮りも作りもしてはいないし、儲けるために売るのではないのだからといって僕に耳を貸さずにいる様だったが。
 くたばれ、分かり易い様にばかり振る舞い、群がる者どもなどはくたばれ。そして僕は惚れている。彼女の態度に惚れている。僕は彼女と違って、バルトもソンタグベンヤミンも読んだ事がない。その三人の名前を知ったのも彼女のお陰だったが、そんな物を読んでいるから彼女は更に気が変になるのだと思う。それでも彼女に惚れている。
 そんな僕が答えている。
 嬉しいわ、と彼女があけすけに微笑んだ。歩いてきたウェイトレスがトレンチで運んできた二つのクリームソーダをテーブルに置くと、彼女はポーチから取り出した抗うつ薬をクリームソーダで飲んでからリップを塗り、脇のカメラを取り上げて僕を撮ろうとレンズを向けた。僕が慌てて避ける。
「その薬を僕にもくれないか」
「効かないわよ」
「強くなったらしいじゃないか」
「効く人にしか効かないの」
「今の僕になら効くのじゃないかな」
 渡された錠剤とカプセルの入った半透明のパケをちぎって僕がそれを飲んだ。くすぐったい感覚が走った気がした。三〇分ほどで効く人には効いてくる。
 二人に三〇分が経過した。気がつくと人混みが減り、遠くの窓にもう傾きかけた午後の太陽がある。けれども僕に変化はやって来なかった。病気で無い事を確認するために薬を飲んだみたいだと彼女が苦笑した。今はね、と僕が初めて笑って答えた。二人はまた外の東京上空へと席を立ったその時に、彼女が頭痛と不安と恐怖を三拍子訴えた。きっとこの空の圧力と人混みにやられてしまっているのだ。僕には救えないと思う。
「どうしたのよ」
「君こそ大丈夫なのかい」
「じきに直るわ、気圧のせいかも知れない」
「こっちも気圧のせいかも知れない」
「そんな気もするわ」
「殺意かも知れない」
「できれば止めにして欲しいわ」
「自分のせいで良いよ」
「ふて腐れるのね」
「仕方が無いだろう」
「それとも死にたい?」
 僕は答えなかったが、どちらでも同じ事だと思われる。そうして世が暮れていくまで撮る。撮って撮って撮りためて彼女がカラースライドにする。それを上映するのは僕だ。僕らはそうして刻一刻老いていくだろう。そして共に犬死にするだろうか。
 怒りだ。
 この見える世界に対してあえて怒るのだ。
 僕は怒りにより若気を取り戻す。
 怒りの対象は充ちている。
 時代への怒り、
 場所への怒り、
 しがらみへの怒り、
 彼女と僕をここでこうさせている怒り、
 そして今更ながらも一体に、
 僕らは何故生まれてきたのだ、
 それらすべてを子供染みた叫び声と共に、カラースライドに封じ込めて上映するのだ。
 詰まらぬ人間になるなというのが祖父の口癖だった。曾祖父もそうだったと母から聴いていた。そしてぼくを生んだ母は祖父に似ていた。
 詰まらない他人に囲われて僕は腐るだろうか。詰まらない人間だから他人を腐らせるのだろうか。腐った関係、腐った暮らし、腐った人生、もしも僕に腐っていなかった日があったなら、いつでもその日に戻るべく生きている。それだけで生きている。この空に囲われて、まだ生きている。
 けれども、それが自分だけで無かったら? 夥しい数の人間が同じ思いだったなら?
 彼女がほくそ笑んだ。僕をよそに、光景がある。全体は積乱雲の偏在するドーム状のシェルターのかたちをしていて、広がる東京の街を傾きかけた太陽が照らしながら、あちこちに影を作っている。飛行機が雲の切れ目のみずみずしい青に浮いて動いている。その下の湾の真ん中に光芒があって、その光の楕円の中でタンク船がいつまでも停止している。二人のいる東京タワーの外の街と海は午後のなかでたゆたっている。眺めていた。たとえ世界が巨大だとしても僕らは決してちっぽけではない。
 窓に雨粒がついて、時間が流れだしたのを知った。旅行客が激減していた。二人は空を消し去る人口の夜景の訪れを待ち望みながら写真を撮り続けた。孤独を忘れる光景の移ろいを手繰り寄せる準備をして、東京が灯る時間を待ち続けた。 

夕暮れの歌舞伎町から振り向くと、
出勤タイムの女性たちの波が寄せてくる。
左右に別けてぼくを通り過ぎていく。

女たちに支えられている街がある。
笑いと涙、
地獄と享楽に支えられている、
素敵な街がある。

光っている磁場、
彼女たちにぼくらは支えられている、
そんな場所がこの国にもある。

不思議なのはそれが、
ぼくに懐かしさを与えてくれる事だ。

女性たちよ、
ぼくの母もまた女性だった。
笑いと涙に煉獄享楽、
母もそれを与えてくれていた。
父親不在の思い出のなかで。

ぼくが夫だったなら、
相手に何を与えよう。
ぼくが父親だったなら、
子供に何を与えよう。

ぼくは歌舞伎町の入り口で、
夕日の色にシャツを染め、
これから我が家に帰らなければならない。

もうすぐ夜が降ってくる。

エクリチュールだ、あっかんべー

このブログのおかげで、女性と別れる羽目になりました。

どうして、作品と作者を同一視するんですかね。

一体に、いつの時代の人なんでしょうか。

ぼくはブログに書いた作品の様な人物ではありません。

古い考えの人、

現代思想でも読んだらいかがでしょうか。

日本の私小説の因習は根強いですね。

 

というわけで、ブログを休んでいました。

本腰をいれている書物で忙しいのですが、

また更新しようと思っています。

エクリチュールと作者を同一視する古い考え、感覚しかもっていない人とは

これからもぼくは戦っていく所存です。もしくは相手をしない。

あ、ぼく、お涙頂戴の作為にみちたお話は書きませんからね。

媚びませんから。

では。 

 

LOVERS

 ひとしなみな男は暮れかけた海岸でのフェスに紛れながら女たちばかりを眺めていた。皆、恋愛や電子音楽を求め集まり乗り踊っている。ブースの小さなDJが巨大なスクリーンに映されては炸裂する花火とともに絶叫が湧き上がる。
──異性に決して強くない。
 呟く様に男がそう思う。音の色に乗ってはいたが、男は華やかな音とともに戯れる女たちを眺め、次第に観察へと入っていった。
 目と目は合っていた。炎熱の夜のステージ前、女は光線に青く赤くちらつきながら染まっている。焦がれる様な見目形だった。一目惚れをしたのは初めてだったし声をかける必要はない積極的な女だった。激しくかき鳴らされる曲、地中海の舞踏をホテルで聴きたいと女は笑顔を明滅させた。海の望める建物だという。
 甘みある匂いに充たされながら男は緩やかにカーブを描く川沿いから左折して駐まった。レトロな色彩ある草花の彫刻が施してある扉を開いてベルガールから鍵を受け取り、シャンデリアの下の装飾の誇張されたラウンジを抜けて黄金色に蛇行する回廊を踏んだ。女の味は赤いリップクリームで、男の味はチューインガムだった。ドアを開けて部屋に入り、暗く透き通るステンドグラスの下のソファにふたりは座って地中海の舞踏をかけた。
 幾度と知れず聴いているフラメンコギターだった。けれども男にはアル・ディ・メオラの音は好みでありつつも粗雑に聴こえる。女に慣れているつもりの男は目を閉じてパコ・デ・ルシアの音だけに意識を向けた。
 目をつむっている男の横で女は立ち上がって後ろへ廻り、当たり前の様に首に腕を廻し抱く。ギターが絡み合い終えて次の曲、黒い森へ移ってから、タイミングに満足した女は音をかけたままバスルームへ男を誘った。
 バスタブにふたり浸り、向かい合っている。バスルームは開け放たれている。観客の歓声と笑い声が聴こえてきたとき、ふたりも笑った。フェスでサンプリングされていた部分だったから。
 ふたりは湯をかけ合ってじゃれた。戯れているふたりには見えない部屋の窓の外で夜の海辺は静かに黒く濁っていて、左から右へ客船が徐行している。その海路を右に入るとホテルの脇を流れる泥の川、その脇にアールヌーヴォー調の湾曲したラウンジへの入り口はある。ラウンジでベルが鳴って、カップルにこなれたベルガールが、銀の皿を手のひらの上に乗せて運んでいく。ベルガールはシャンデリアの回廊を身をよじらせて歩み抜けて、ドアの前に立った。室内では最後の曲、ガーディアンエンジェルが充ちて、テラスへ開いた窓を抜けて流れ出ていた。テラスの右手から川から海へと注ぎ込まれていく水音が籠もる様に鳴り響いた。窓辺に立つ全裸の男と女はドアの音を耳にして振り返った。
 ふたりの裸体からたゆたう蒸気は湯からのものなのか、汗からのものなのか、分からないほどだった。そのまま抱擁からセックスへ時間は引き継がれていく気配を察知したベルガールは飲み物を置いて踵を返しドアを出た。
 男は音楽を聴きながらセックスをしたことがなかった。ほとんどありがちにAVの映像を垂れ流しながらだった。お気に入り女優はいない。男は女のセレクトした曲により、過剰な情熱を自分に向けている事を察していた。この女に限っては音楽を許容する広さがあることを男は見抜いているつもりでもいた。
 女の方がAVを点けた。レズビアンたちが浮かび上がる。女は振動するクンニリングスの音が好みだった。毎晩聴いてひとりでしていた。男はと言えば、セックスの只中で愛していると言わせるのがたまらなく好きでいたが、今回ばかりは本気で相手を激しく愛で、女に愛していると言わせた。音はループし続けて地中海の舞踏へ戻ってから次の曲へ入った。フェスの終わりの花火の連続する紫の光が暗い窓辺から漏れてくる。
──あなたも愛している? 
 男が無論頷く。行為は情熱を孕んで絶頂を迎え、ふたりは同時に果てる事が出来た様だった。男はオルガズムに達し仰向けになった後でも持続して女を好きでたまらないでいる自分に驚いていた。女の方は上気の宿りを放出させて悦に浸っていたが、やがて立ち上がり、横になっている男の腕を引っ張り立たせた。
 果てたばかりのふたりが踊り出す。燃え上がるギターの音と戯れながら延々と踊り続けた。女は男を愛し、男は女の肩を愛でながら撫で下ろして、愛に叶うほど強くなれるかどうかと呟いた。聴き取った女が笑いを漏らす。
──真中でさえ愛は無理とは言わないで。
 ふたりが眠りについている間、ラウンジでベルガールは目覚ましの予定を終えた。恋愛へ溶け合うフェス帰りの客たちのデータを始末しながら、隣の同僚の女に、あの部屋にいた全裸のカップルの男性がとても好みだと呟いた。
 ベルガールは恋愛をこちらへ抱かせてしまうほどの性交を客室で何度も目撃している。けれども、さっきの彼が本当の好みだと深く感じた。ここまで本気で恋愛の感情を抱いたのはなかったほどに残念な気持ちが充ちた。愛する事はできるのかも知れない。燃える炎もし青となれば。けれどもベルガールには赤すぎた。
 朝焼けに、男と女は起きてテラスへ出た。海辺を通る舷窓から観光客がホテルを眺めている老いた男女がいた。ふたりは黙って携帯電話で写真を撮った。舷窓のなかでうごめく老いた男女が暑そうに海を眺めている。船内で銀髪の下の汗を拭きながら眺めている老人の視線が凝視になっていく。
──いや、あれはラブホテルじゃないのかい。
──違うようですね、曲線がエロティックで凝りすぎていますもの。
──しかし横の川の汚れは酷いものだね。
──ヴェニスもそうだったじゃあないですか。
 受け答えする老いたふたりも彼女彼らと同様、汚れくすんだボラの跳ねるのを撮ったりしていた。
 フラメンコギターは夜から流れ続けたままだった。朝のコールが鳴って、女の方が先に部屋へ戻った。