弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

LOVERS

 ひとしなみな男は暮れかけた海岸でのフェスに紛れながら女たちばかりを眺めていた。皆、恋愛や電子音楽を求め集まり乗り踊っている。ブースの小さなDJが巨大なスクリーンに映されては炸裂する花火とともに絶叫が湧き上がる。
──異性に決して強くない。
 呟く様に男がそう思う。音の色に乗ってはいたが、男は華やかな音とともに戯れる女たちを眺め、次第に観察へと入っていった。
 目と目は合っていた。炎熱の夜のステージ前、女は光線に青く赤くちらつきながら染まっている。焦がれる様な見目形だった。一目惚れをしたのは初めてだったし声をかける必要はない積極的な女だった。激しくかき鳴らされる曲、地中海の舞踏をホテルで聴きたいと女は笑顔を明滅させた。海の望める建物だという。
 甘みある匂いに充たされながら男は緩やかにカーブを描く川沿いから左折して駐まった。レトロな色彩ある草花の彫刻が施してある扉を開いてベルガールから鍵を受け取り、シャンデリアの下の装飾の誇張されたラウンジを抜けて黄金色に蛇行する回廊を踏んだ。女の味は赤いリップクリームで、男の味はチューインガムだった。ドアを開けて部屋に入り、暗く透き通るステンドグラスの下のソファにふたりは座って地中海の舞踏をかけた。
 幾度と知れず聴いているフラメンコギターだった。けれども男にはアル・ディ・メオラの音は好みでありつつも粗雑に聴こえる。女に慣れているつもりの男は目を閉じてパコ・デ・ルシアの音だけに意識を向けた。
 目をつむっている男の横で女は立ち上がって後ろへ廻り、当たり前の様に首に腕を廻し抱く。ギターが絡み合い終えて次の曲、黒い森へ移ってから、タイミングに満足した女は音をかけたままバスルームへ男を誘った。
 バスタブにふたり浸り、向かい合っている。バスルームは開け放たれている。観客の歓声と笑い声が聴こえてきたとき、ふたりも笑った。フェスでサンプリングされていた部分だったから。
 ふたりは湯をかけ合ってじゃれた。戯れているふたりには見えない部屋の窓の外で夜の海辺は静かに黒く濁っていて、左から右へ客船が徐行している。その海路を右に入るとホテルの脇を流れる泥の川、その脇にアールヌーヴォー調の湾曲したラウンジへの入り口はある。ラウンジでベルが鳴って、カップルにこなれたベルガールが、銀の皿を手のひらの上に乗せて運んでいく。ベルガールはシャンデリアの回廊を身をよじらせて歩み抜けて、ドアの前に立った。室内では最後の曲、ガーディアンエンジェルが充ちて、テラスへ開いた窓を抜けて流れ出ていた。テラスの右手から川から海へと注ぎ込まれていく水音が籠もる様に鳴り響いた。窓辺に立つ全裸の男と女はドアの音を耳にして振り返った。
 ふたりの裸体からたゆたう蒸気は湯からのものなのか、汗からのものなのか、分からないほどだった。そのまま抱擁からセックスへ時間は引き継がれていく気配を察知したベルガールは飲み物を置いて踵を返しドアを出た。
 男は音楽を聴きながらセックスをしたことがなかった。ほとんどありがちにAVの映像を垂れ流しながらだった。お気に入り女優はいない。男は女のセレクトした曲により、過剰な情熱を自分に向けている事を察していた。この女に限っては音楽を許容する広さがあることを男は見抜いているつもりでもいた。
 女の方がAVを点けた。レズビアンたちが浮かび上がる。女は振動するクンニリングスの音が好みだった。毎晩聴いてひとりでしていた。男はと言えば、セックスの只中で愛していると言わせるのがたまらなく好きでいたが、今回ばかりは本気で相手を激しく愛で、女に愛していると言わせた。音はループし続けて地中海の舞踏へ戻ってから次の曲へ入った。フェスの終わりの花火の連続する紫の光が暗い窓辺から漏れてくる。
──あなたも愛している? 
 男が無論頷く。行為は情熱を孕んで絶頂を迎え、ふたりは同時に果てる事が出来た様だった。男はオルガズムに達し仰向けになった後でも持続して女を好きでたまらないでいる自分に驚いていた。女の方は上気の宿りを放出させて悦に浸っていたが、やがて立ち上がり、横になっている男の腕を引っ張り立たせた。
 果てたばかりのふたりが踊り出す。燃え上がるギターの音と戯れながら延々と踊り続けた。女は男を愛し、男は女の肩を愛でながら撫で下ろして、愛に叶うほど強くなれるかどうかと呟いた。聴き取った女が笑いを漏らす。
──真中でさえ愛は無理とは言わないで。
 ふたりが眠りについている間、ラウンジでベルガールは目覚ましの予定を終えた。恋愛へ溶け合うフェス帰りの客たちのデータを始末しながら、隣の同僚の女に、あの部屋にいた全裸のカップルの男性がとても好みだと呟いた。
 ベルガールは恋愛をこちらへ抱かせてしまうほどの性交を客室で何度も目撃している。けれども、さっきの彼が本当の好みだと深く感じた。ここまで本気で恋愛の感情を抱いたのはなかったほどに残念な気持ちが充ちた。愛する事はできるのかも知れない。燃える炎もし青となれば。けれどもベルガールには赤すぎた。
 朝焼けに、男と女は起きてテラスへ出た。海辺を通る舷窓から観光客がホテルを眺めている老いた男女がいた。ふたりは黙って携帯電話で写真を撮った。舷窓のなかでうごめく老いた男女が暑そうに海を眺めている。船内で銀髪の下の汗を拭きながら眺めている老人の視線が凝視になっていく。
──いや、あれはラブホテルじゃないのかい。
──違うようですね、曲線がエロティックで凝りすぎていますもの。
──しかし横の川の汚れは酷いものだね。
──ヴェニスもそうだったじゃあないですか。
 受け答えする老いたふたりも彼女彼らと同様、汚れくすんだボラの跳ねるのを撮ったりしていた。
 フラメンコギターは夜から流れ続けたままだった。朝のコールが鳴って、女の方が先に部屋へ戻った。

つぶやき

 

 

いま、数百枚くらいのものを書いているのですが、描写が全く書けず筆が進む様子を見せません。千手観音だったらなあ・・・・・・

と空想してみて自分で苦笑してみたところで、

唐突ですが、何かを懸命に作ったのに批判されたとき、

「だったら、あんたが作ってみろよ」

とか言ってしまう人は作り手失格ですからとっとと表現など止めましょうさようなら。

とかなんとかついついツイッターなどに垂れ流してしまったのは、

あまりにそういう愚鈍者どもが多かったからつい。

だって作り手と受け手の関係性をすら感じ取れない気の毒なのが本当に多いんですよ!

翻って最近、音楽ばかりを聴いては友人たちに手紙を書いています。

千手観音だったらなあ。

空想です。

 

フライヤー

前略

夏フェスの季節でもありますね。
踊り狂う人々盆踊りの如し、はつらつと綺羅びやかで頼もしい限りです。
などと申し上げては誹りを受けかねるので付け加えるに、
盆踊りもぼくは大好きです。参加せずに傍観するが好みです。
なぜ盆踊りはくるくる廻るかご存知ですか? 
存じておられる方々すみません。

只今、大変暇なのですが、精神的に多忙で御座います。
しかしながら、執筆は続けておりますので、
近々、また拙い文を上げる所存であります。 

お読みになっていただいている方々、
感謝申し上げ続けて止むことなしで御座います。
土下座をでもしたいくらいです。
その膝に重き石を乗せられても構わないほど。
できれ年月をかけて成長する水晶とかがいいな。やめてね。

本当に感謝しております。無論こころより。
憂いも鬱もあるけれど、ぼくは呑気です!
それでは──

草々

内面青少年

──空腹も満たされてしまった事だから退屈で死ぬか殺すかしたくなって来るのだ。
 東京芸術大学の食堂での友人によるその呟きに同感だと答えたが、あの時の彼は、或いはぼくを殺したかったのだろうか。
 差し当たり休暇のいまは夏、東京は生活に埋め尽くされていて何も無いので未だ破棄せず持っていた画材道具をカルトンバッグに入れて家を出た。埠頭へ向かう事にしたのはいつもの様に夏から海という気分の移ろう作用による。別人たち皆と同様に。
 たどり着いたら夕日が赤く沈みかけていた。廻りに注意してからジタンに着火した。定まらずゆれる海辺を眺めていると、赤く染まっている海の色が次第にどす黒い方向へと変容して行く様に垣間見えて来て次にぼくは海外で本物のアブサンをボトルで煽って波止場を蹴り静かにダイブして行く絵空事を頭に描いていた。
 内面の様なものの空白にドラッグを埋め込んだ知人がいる。マンションの天井に刺さりゆらめく夥しい数のサーフボードに怯えて、花盛りの木陰でフルーツの様に縊死をしたのだが、その事を後日、ぼくなど遠く及ばぬ性欲の強さを兼ね備えた女との行為の最中口にしたら、その女は途端にオルガズムに達した。続けて詳しく伝えると更に何度か気をやっていたが、あの時の新宿の夜景はビル群がビル群自体の光に溺れて明滅しながら鮮やかに彩っていた。
 波止場に客船が重油の匂い混じる微風とゆれながら停泊している。ぼくは待ち構え、それを眺めている。夕日が消えかかっていて、すべて別の色に暮れ始めている。
 東京芸術大学の友人とは便りが途絶えたままだ。あの光の何処かにいるだろうが、確かなのはこの世界から消えたがっていた事だ。ぼくの恋人とも気の置けない仲だった友人は物欲に身を浸らせていた。目新しい物へ向けて藁をも掴む勢いだった。けれども長続きしそうに無かった。描く事もとうに止めて引き籠もったままでいるらしいと彼の実家の電話で母親が声を震わせていた覚えがある。PCの音声チャットゲームに溺れている様だった。友人は電話を持っていなかった。死んだのではないだろうかとぼくの恋人が泣いていた。
 暮れて行く遠くの街の音が変わって行く。雲は藍色と消えかかっている。ヘッドフォンをあてた。モーダルなジャズが流れたままになっていたからジャズ・リベレーターズへ変えた。ハンドクラップからルーズでいてハイなライムへと音が移ろう。彷徨う上空へ街の光が昇って行き刻限を決め込みかけている。次の瞬間、目前の客船が動き出す様な色分けがよぎった。
 恋人はピアッシングでは飽き足らないと、サイケデリックなタトゥへの決意をぼくへ向けていたが良い事なのだろう。ぼくにも勧めて来たが、検討すると答えたままだった。検討好きだと、何か諫めている様だった。何所に入れるのかと訊いてみると、至る所になるはずねと微笑みを見せていた。デッサンはぼくがした。結果はまずまずだったが、恋人は持続して燥ぎ続けていた。いまは整形手術を決め込んでご機嫌でいる。ぼくは手術の出来も褒め称える事だろう。
 夜と定まった。街の光に負けている空にも雲の陰りと星はあった。海上に金色の灯りが浮き出した。ビル街区の向こうに海の色と似て発光する東京タワーがあった。客船のエンジン音が大きくなって行く。客が見当たらなかった。休航日だろうか。ぼくは人物を探った。
 ぼくは顧客の少ない書店のアートコーナーを任される事になっていた。新卒の自分にはアートが好きな事とアートコーナーの職務とは関係など無かった。ちっぽけなストレスとしかならなかった。それから会社は時間を持て余す様になって行った。そして書店の抱えきれない女子店員の中からいまの恋人を選んでいたぼくはもう何も無くて財布も空に近かった。
 ため息をつこうかどうか考え込みながら次の音を探る。モニタァにコブルストン・ジャズの画像が発光したけれどもクラブ系統がいまの頭に馴染まなかったし、音楽自体がいまは気分では無くなっていた。
 顔を上げると真夜中、アクアラインに光が走っている。川崎の陸影が浮かんで見えて、その向こうの横須賀も連なり海に反射してゆれ映っている。寄る辺ない気分から描く気分の現在に変わったかと思うと次のぼくが黒の海底から浮上してぼくに襲いかかって殴り殺し始める絵空事を描いていた。
──どうするのだ。
 空白に気分を一つ染め込んで暮らしている。束の間の一つ一つの空白を一色一色に染め変え続けてはそれを味わいつついまからいまを乗りこなす事だと口を滑らし学校の笑い者になりもしたのにその事が変わらないでいる。
 酒も含めドラッグの類いも試したが好きになれなかった。金や恋や愛欲自体でもない。芸術全般を選んでいるいまは喜怒哀楽を描きまたそれを味わう事により、死ぬほど嫌悪していて殺したいほど憎しみを抱いている退屈へ向けて立ち向かう羽目になった態を保っているらしい。
 持続している自分に再度思い至る。客船の消失した波止場から海の光景へ向けて空が鮮やかな色に移ろい始めた。埠頭に恋人たちが二つあって棒状に頭を上げている。カルトンバッグからイーゼルを取り出した。
 アクリルから水彩へ原色のみと決め込んで描き始める。まだ夜景は煌々とあった。描かれて行く絵は写真を模写した様に平坦になったかと思うとそのパースペクティヴが歪み出してポワンティエだらけになり重力も孕まなくなって行って新入生のぼく或いは別人に似て来た。
──画家さんは何を描いているのですか。
 淡い声がした。背中に恋人たちが立っていた。絵空事の自分と同化しながらぼくは描き殴って殴って殴り倒してもなお止めようとせずに闇が上空へ昇り消えて行く矢先に赤と青が滲み広がって来た時にはすでに筆を置いて煙を吐き出していた。それから充ち足りた様子の男女に向かって笑い声を上げながらジタンを海へ投げて見せると両手がべっとり染まり滴っていた。
──良い絵なのですね。
 答える間も無く次の一面へ向かわなければならないいま、明け透けな空の下で鮮やかに彩る果実を欲して空腹を抱えただけでいる。

 

organisms

 真夏の休日に汗して二〇時間眠るとは何事だ。ひとりごちて昼間の部屋の空を蹴る。起き抜けにもう一度イージーな酔いを決め込んでも構わぬほどだと身をもたげ、四時間を過ごすため暗幕で部屋を閉じて黒い窓辺に座り込んだ。
 机の上の物珍しさを見やる。私が昼間というものを毛嫌いしている事を承知の友人がくれたランプに点火した。部屋が仄暗い七色に色づく。暗幕で部屋を閉じて一歩も出ないでいる昼間にページをめくり色彩豊かなウィリアム・クラインの写真集を眺めている。判った眼でどんな写真だと、またひとりごちた。
 部屋は暗いが漏れ入る音が昼間でやりきれない私は妖艶なエレクトロニカを廻した。テクノかも知れなかった。ハウスかも知れない。まだ騒音がしている。ヘリコプターだろうとシャッターを閉じた私は空腹に気づき、立ち上がって陰るキッチンでひとり不機嫌なまま好物のデーツをこんな味だったろうかと囓り舐めた。
 廻している音が終わった。次いで外音が侵入してくる。上空を巡回する警察のヘリコプターに決まっている。眩暈がする。この真夏の昼間から私は、あのクラブミュージックの箱に行こうか。リーガル、イリーガル、イージーなドラッグの酔いに充ちた箱だが眩暈にも都合が良い。
 ベッドに再度入り頭を抱え込む。ごくりと喉が鳴る。外も内も闇が昇る時刻に成っている。迫り来る出社の瞬間に一度、塊の支度をするのだ。このまま眠らず無機物なスーツに囲われて運ばれ皆と一斉に無機物に成り果てるのだ。そして太陽に対する復讐の月をしばたく眼で禁断しつつ待ち望み躍動する肉体を与えられるのはまだかと当て込んで延々と動作するこの私もまた薬物依存者ではないのか。
 疲れてもいた。沈みを決め込んで眠りすぎていた。動けない。まだ動いていない。シャッターが音を立て始めた。暗闇を染めるランプの灯火が強くなっている。瞳に飛び入り迫りくればいい。部屋が七色に放火された模様で、事実なら良いのだとアクシデントをさえ味わえなければ暮らしさえ危ういとは一体に私は何事か。──

 台風がくる様だった。国営放送のBGMを排除して灯りだけは許し、アップジョンを使う程度には寝返りを打てる事を確認した。そのうちエアコンを凍えるほど下げる事もできたし寒さも感じていた。眠れずこのままふらつきながら今日が始まる。
 配達員がベルを鳴らした。そうだった、これからイージーな快楽だけを手にして日中から夜通し不眠での装備を命懸けでするのだった。摩耗すら嬉々として引き受けて瞳孔をも開き切り今からこの部屋より内へ向け色彩豊かに変容させてやるのだと。
 扉へ向かう。
──何も問わせないが何も問われない皆同様だ。
 七色で、ランプが用無しと成る。
 内に血潮が溢れる。
 落ちろ、昇れ、どのみち結構だ。
 外もこれから全部荒れ果てる。