弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

女性について

何を隠そう、私は女性好きである。
と言っても俗に言う、下心の見え透いた「女好き」というやつではない。
私には、女性の世界に憧れがあるのだ。
私はたとえば、女装癖などないのだが、ある種、憧憬の念をもって、
デパートのメイクブースなどを見て廻ったりしている。
色とりどりの世界。
私はたとえば、女性たちの話を聴いて、その発想の不可思議さを思い知らされては、
男の自分がいかに女性の思考と程遠い存在であるかを思い知らされ、驚いたりもする。
不可思議な発想力。
マテリアルの次元においてもそうである。
世にあふれかえる女性用のマテリアルの数は圧倒的に男性のそれを上回って消費されている。
マテリアルに宿る女性の精神性。

色彩豊かな世界が女性にはあって、その色彩に囲われて暮らしている女性たちに、私は憧れの念を抱いている。男のあずかり知らない世界を垣間見ては、ときに感嘆したりする。
私は俗に言う「女好き」ではなく、女性好きなのである。
男の私は、女性の「感覚性」に憧憬の念を抱いている。
男である私は、畏怖の念すら持ちながら、私は女性好きであり続けて来た。
男である私は、女性の「感覚性」を傍観しながら、これからも女性好きであり続けるらしい。

お嫁さん

お嫁さんがいない。
その事に、今朝も気が付いた。
友人から連絡があって、
部屋に一人きりで目覚めていた。
そもそも今、交際相手もいなければ結婚もしていないのだ。
お嫁さんがいるわけがないだろう。
何か足りない気がして、
それはお嫁さんがいないからだと思い至っているとは何事か。


机の上には読みさしのチェーホフの短編集と昨夜のワイングラス、
片付けて座り込む。
原稿を広げてからさて孤独な作業が始まって、
けれども足りない事が充ちてくるので、
やけっぱちに足を放り出し背伸びをしてから、
端末を触って印象派の音楽を流す。
お嫁さんと並んで印象派に身をゆだねる姿を絵空事に浮かべ、
苦笑してからまた懲りもせず机に向かう。


太陽が真上にとどまる夏の真昼が近くなって行く。
お嫁さんと聴きたいと思っていた印象派を消す。
と、
様々なものが一人ぼっちの部屋にやってくる。
蝉の声がする。
自動車の音がして、
ラクションが鳴っている。
あけすけな子供たちの歌が聴こてくる。
こうして様々な事物に暮らしを生かされておきながら、
誰も見ていない空っぽの背中を部屋に向けて今もなお、
寂しさの印を絵空事のお嫁さんに与え、
この夏をこしらえて充たそうとしている。
まだ充たそうとしている。

動機

どうも、心地よい事、いい加減な事、どちらも大好きな弌矢です。

さて、ダイエットは二箇月で8.2キロ減量に成功しました。
けれども今はダイエットの成功より、小説の構想を練る事で大変で、喜んでいる場合ではない。
ダイエットは成功するんですが、小説となるとそうはいかないですね。
ダイエットは結果が出るけれど、小説は結果が疑わしい。
ダイエットの様に、数値に変換する事も出来ない。
質を数値に置き換える事は哲学最大の誤謬である、
みたいな事をベルクソンが書いていたと記憶しています。

で、
フィクションを書く必要がある事。
フィクションを本当に書かなければならない必要性を、感覚する事。

つまり動機ですが、僕はそれに立ち会っていて、その動機が確かにあるのですが、なかなか書けないでいる。
この様なブログならば、たわいもない事なのですが、小説となるとそうはいかない。
小説はこの様なただの作文、もしくは感想文などではないからです。

なぜそれが書かれたのか、動機がまったく見当たらない大量生産された小説から、強い動機に支えられている小説まで、様々な本を読み漁っているのですが──技術だけの、気の抜けた炭酸ソーダフュージョン?)の様なものも読んでいますし、技術を無視した煮えたぎる溶岩の様なものも読んでいます──とにかく、一流を読まなければやはり駄目ですね。下らない本もたくさん読みました(下らない本を読んでも何にもならない事を今更になって学び直すために下らない本を読んだのでした……時間を返せっ!)。

哲学思想芸術書はもちろんの事、とにかく読みまくって、そして考えている(つもりです)。考えながらなので読むスピードは遅いと思います。
とにかく時間が掛かる。
たとえば速読なんかをする人は、よほど稚拙な本しか読まない人か、よほど頭の回転が優れている大秀才か、大して考えずに読んでいる普通の人間でしょう。大して考えずに読む方法なら僕にも容易に出来るのだけれどね……いや待てよ、大秀才ならなおさらゆっくり読むのかな?

動機があるから、読んで、考えて、書かなければ、と思っている。

文学が言葉で作り上げた芸術だとするならば、ぼくはその芸術を、動機もなく行えません。金のためになどますます行えない。金のためなら他の事をした方が得策に決まっていますからね。
動機のない事に全身全霊を込める事は、僕には出来ません。
したくないです。
からしません。

ダイエットには大して力を注ぎませんでした。
小説がダイエットと似ている事があったとすれば、他人の目を感じる事くらいでした。
「自分のため」と称しておきながら、自分の中にある「他者の目」で己を見ていると言う事……くらいでしたね。

これからも、ダイエットの成功などよりも、自分の文学が成功して行くその過程に、僕は喜びを得るだろうと思っています。

では、いい加減な事も心地よい事も、そして何よりも喜びを大切にしたい弌矢でした。

あ、禁煙し始めましたよ。動機はツイッターに書きました。

また!

ち か ら

どうも、
ひょっとしたらピキュリアンの、心地良い事が大好きな、弌矢です。

今んところ2キロ減っている僕は、お茶漬けが食べたいのだが幼いころ弟とお茶漬けの早食いを競い合った事があって、母親がいきなり、スタート! と声を出すので、僕は慌てて掻き込んで行ったのだった。頑張って頑張って飲み込んで行き、弟は美味しそうに食べ続けている。その結果、僕が負けた。
そんな顛末だった。
「頑張る」と言う言葉を好まなくなった僕は、「頑張」って何かを成してもあとで失敗して鬱になりかねなくなった。実際、振り返れば、「頑張」っては暗いトンネルばかりの人生だった。けれどたまに苦手な事が好きになる事もあったし苦手な事が好きになるのは救いだったし、なにより心地の良い事だった。苦手な事が好きになる契機が訪れるのは、それを適当な程度で持続させておいたから、結果、好きになっただけだと思っている。
僕は好きな事には目がない。好きで成せば、失敗しても、好きなのだから、好きにやり直せば良いだけの事で、だから、僕は興味のある事には飛びつくし、好きな事なら何でもやる運びとなっている。やってもやっても好きなのだから、一向に「頑張」っている気がしない。
人間はストイシズムに向いていないと思っている。ストイシズムで、つまり、歯を食いしばり「頑張」って、本当に何かを成し遂げた人間を、少なくとも僕は知らない。だからそう思っている。ダイエットもそうだ。僕の場合はストイックにならないでいるから続いている。本当はその不真面目さをひた隠しにして、──頑張ってるぜ、ただ、己を信じて……などと格好つける手もあるらしいけれど、それは恥ずかしくてできない。ストイシズムを投げ捨てて、好きな事のためならば何でもする人間になってしまったかも知れない僕は「頑張っている自分」を他人に向けてアピールしまくる人間を目にするたび、幼すぎるのではと思う程の反応を示し顔を赤らめる、もしくは気分が悪くなるのみならず「根性論」などというでたらめで見え透いた大嘘を人一倍嫌悪し、敵視するにまで至った──
やっていられるか。そんなものでやる気になるのかよ、阿呆。
では、と僕はモチベーションについて、思考をした。僕はまず、思考とモチベーションをごっちゃにしているのでは、と思考しはじめて、字引を引いた。
広辞苑には、モチベーションとは、動機付け、やる気、とある。知ってた。
けれども、そのモチベーションの前に《思考》がある気がしている僕は、その《思考》が《点火》をモチベーションに与え、その勢いのついたモチベーションがぐるりと舞い戻って更に《思考》と強い共鳴作用をし始めるのではと、ぶっちゃけ当たり前のような事に、恣意的に、思い至った。
《点火》はエンジンプラグの先端から出るほどの、小さなものだ。
たとえば静まり返った寺院の鐘を思い浮かべる。始まりの、鐘にほんの触れる程度の《思考》、それによって起こる《点火》によりその鐘は指先で突く程度の動きを見せる。続けざまに指先で突かれたそれは揺れを起こし始める。そして次第に大きくなる勢いに乗せてこちらから更に押して行くに連れ、力を孕み激しい揺さぶりがかかったそれは寺院全体へ向け轟々と巨大な音を響き渡らせ出した。そしてその時だ、庭の草花の手入れをしていた僧侶があれは何事かと振り返る……
閑話休題
何かの前触れにも似た《思考》を、モチベーションにどう《点火》させるかを、考えればいいのだと思った僕は、端末の単なる通知音が《点火》になる事があると気がついた。考えてみれば、胸を打つ作品が《点火》になる事もあるし、ヨガや散歩、入浴、部屋の掃除やインテリアが精神を牽引して《点火》する事だってあった。友人との会話の時のふとしたきっかけが《点火》を引き起こす事もまれではない。
と言うわけで、TwitterInstagramを好き勝手にしたり、好きな作品を味わったりしている。ヨガや散歩や入浴や、部屋を綺麗にしたあとで好みのセッティングに仕仕上げるにはどうしようかと考えを巡らせたり、何でも好きな事をしている。好きな事をしながら、つまり前触れである《思考》をしながら、プラグに《点火》させる機会を待ち構えている。今もこうして好きな事ばかりを好き勝手にしながら待ち構えている。
もちろんこれは熱血ばかりを強調しておきながらプライベートが見るも無残な人種や、努力ばかりを褒め称えては辺りに押しつけている見苦しくて傍迷惑な人種たちについてのモチベーションについては与り知らないので、まったく捨象しているのだが、
あ、
そう言えば、ガムなんか噛んで整列もろくにできないアメリカなんかに日本が戦争で負けるわけがないと思っていたのが自分の一番の間違いだったと、よしもとばななのお父さんが言ってたよ。
とにかく、できるだけ心地良く暮らしていたい。
僕はたとえば、復讐心を力に変える、そういった力を決して甘く見ていない。
ただ、暗い事ばかりを考えがちだから、できるだけそう在りたい。
明日の朝はゆったりとお茶漬けを食べようか。
では、
いい加減な事も大好きな、弌矢でした。