弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

ACIDをしてまゐる

 なめらかな文殊菩薩の物言わぬ眉に、陽が差していた。文殊菩薩は座していた獅子と離れてしまったまま、曼陀羅の張り付いた仏壇に並べて置かれている。藤の樹で作られた物らしいが、罰当たりにも壊されたのだ。知人が、まるで生き物の様に大切にしていたそれは、もろい物だった。
 ぽつねんとそれを眺めやっている私は仕事も辞めて、よるべなく、九〇〇〇〇円がある他、ひねもす何もない。喪についていた。詩を書く知人が死んだのだった。
 知人は四〇を過ぎたばかりの歳だった。曼陀羅に囲われて死んだのだ。哲学を持っていたし、《樹木のスタンザ》と題された詩で名の知られているらしい賞を執った事もあったのだが、それでは食えずにいた知人はLSDを入手するために私からよく寸借していた。
 鹿威しが庭で鳴った。みなしごとなったブルネットの少女が──と言ってもすでに二〇歳近いのだが──客人の私の為の炊事を終えた所で、縁側に座り、洗濯物の折り目を揃えながらこちらに顔を向けていた。豊かな額の下の茜色のまぶたを瞬かせながら私を窺っている。
 私は改築された平屋の、曼荼羅の古布の張り巡らされた部屋の中、知人の仏壇に寄り添っていたのだが、母親によく似た、この少女の佇んでいる縁側にすり寄った。庭では、上へと引き伸ばされた藤の樹の花が、一面の高い棚から滝さながら一斉に落下する様にして咲き乱れている。
 少女が靴を履く様に私を促し、私の手を取って、縁側から目映い五月の外に導いた。立ち眩みがする中を甘い香りが揺れた。それは知人の妻のかぐわしさに似ていた。
──我々は現在という時間の鎖に縛られているゆえヴィジョンをもってしてこれを離脱せしめ世界を正確に認識するべし、なお使用すべきその成分、生き物であるべしと。
 植物好きの彼から幾度もそう聞かされていた私にとって、彼は知人に過ぎなかった。彼の哲学はLSDによる自己洗脳だと聴かされていた私はそれを不気味に感じて、交友関係に距離を測っていたのだ。
 知人が樹木を大切にしていた事は知っている。この家屋も木造だが傾がず、床には蝋が引かれ、よく磨かれてある。ナヲミと名付けられたこの知人の娘も、大切に育てられたのだろう、艶やかな飴細工の様に発育をしている。そしてナヲミは私に惚れている事を私は知っていた。ナヲミは私に会いたいがゆえに、父親の借金を返す役割を自ら引き受けていた。娘の羽振りは悪くないらしいが、家事もきちんとこなしている様だった。
 私とナヲミは知人の家からでて仏の売り場へ向かった。二つに壊された文殊菩薩を買い変えるためだった。仏像の店は坂を降りた突き当たりにある。派手な色をしたショッピングモールの食い込んだビル街を通り過ぎて、妙な店に辿り着いた。工務店と仏壇屋が一緒になっている。私はナヲミに続いて門をくぐった。
 店主は曼荼羅に囲われている奥のレジで新聞を読んでいた。来客に気づいた店主はナヲミを眼鏡の上越しに見て、眉を上げた。
「そちらさんは誰だい」
 店主は不審そうに枯れた声でそう言った。
「お友達ですけど」
 ナヲミにそう言われて驚いている私を、店主はあからさまに訝りながら、「このたびはご愁傷様で」と言う挨拶から始めて、知人の記憶を長々と続けだした。何か得意げな物腰の店主が疎ましくなってきた私は、さっさと買い物を済ませようと、二人をよそに文殊菩薩を探した。
 知人の飾っていた文殊菩薩と同じものがあった。九〇〇〇〇円だった。私が店主に呼びかけると彼はナヲミ越しに身を傾げて、
「ストックだよ、それはあいつの言霊だったから。どうする」
 獅子に乗る文殊菩薩を私は手にした。藤の樹木をくり抜いて作られた、なめらかなそれは、かぐわしかった。私はナヲミに返済されたばかりの金すべてを店主へ差しだして、早めに店をでる事にした。
 坂を登っていく道すがら、私はあの店主は知り合いだったのかと聞くと、父の旧友で、あの父の家の設計から建築まで彼が全てを手がけたとの事だった。
「それからというものの、パパと頻繁に遊んでいた」
 とナヲミは答えた。何をして遊んでいたのだろうか。
「トリップしていたわ」
 ナヲミは少しうつむいていった。私は微笑んで見せ、ナヲミはその遊びをした事があるのかと聞いてみた。ナヲミは答えた。そして父親の書斎にLSDの染み込んだ紙が残っている事を知った。私はドラッグを好んで使う方ではないがしかし、ナヲミとそれを使用して縁側からあの咲き乱れる藤を見たいという欲動が躰に走るのを覚えた。
 そしてナヲミは風俗嬢である。それについて、私は少しだけ本人から聞いてはいた。しかし私の欲動は以前からのものによる。それはナヲミが幼女からのものだった。
 私はナヲミを誘った。ナヲミに対する好奇心に過ぎないところが悪どいのかも知れないが、誘った。本当はあなたもドラッグを好むタイプなのだろうとナヲミに言われた。私は失業の身だが、むしろ退屈だったところでもあったし、ナヲミと付き合ってみたいと思っていたからの事で、ドラッグを好んでいる訳ではない。
「縁側より藤の花の下のベンチでしましょう?」 
 二人は藤の垂れ花の内部へ入っていった。そして降り落ちる豪雨の様な藤花に囲われた二人はベンチに腰掛けて紙を口に含んだ。やがてやってくる色めく世界で私達は何をするだろうか。
 それはすぐにきた。たちまち天が紫に染まりながら降り注ぎ私達を包んでいく。私は躁をみなぎらせながら同じく紫に染まる少女を抱きしめていた。あなたに連れ戻して欲しかったのと彼女が言いだした。私はこの少女の恋心を受け入れて、男性版ベアトリーチェとなり煉獄から少女を飴細工さながら引っ張り上げ、至高天で巻き付き戯れる役割を買ったのだ。
 止めて! ファンタジーは好きではないから……パパに嫌気が差して一層と好きではなくなった……。
 少女が声を発した。とたん失墜して汚らしい地に叩きつけられた私は、煉獄の鎖に縛られた状態を堪えながら空を見上げている。紫の花の雨に囲われて太陽が狂い咲き、その中より国際色豊かな菩薩が降りてくる。凝り固まった首を上げて鮮やかな文殊菩薩を目撃しながら、私はこの瞬間、知人の言う離脱と世界の正確な認識を得た、と言ったらあまりにも? ……破壊の呼びかけが聴こえる。どれだけの時間が過ぎていくのだ。どれだけの時間が向かい来るのだ……。
 太陽光が、垂れる藤の花から透けて、まだらに射し込んでいる。散った藤の花が地面を紫色に染めている。ナヲミも素顔を藤の色に染めながら立っていた。
「私が破壊したのだわ」とナヲミが口を開いた。「入れ込んでいたパパと、その文殊菩薩を渡したあの男が会うから」
 幻視は前触れもなく醒めていた。意識ははっきりしていた。私はもう一度訊き返した。
「あの曼陀羅の部屋でそれを鑑賞しながらトリップするからよ」
 文殊菩薩の宗教だろうか。文殊菩薩トリップに嫌気が差したのだろうか。
「そして時間を超えて男が私を犯すの」ナヲミはそう言いながら、赤く染めた顔をきっぱりとさせて私に向け、「幻覚の中、私にふさわしい人間に変身したつもりの男が私に言い寄って、断ると菩薩よりからの天罰が下るって」
 私は恥じ、赤面した。私も同じく顔を染めていた。
「母親の忘れ形見の藤の花が枯れるまで放置してしまうぞ! って脅すの。手入れは男がしていたから。パパは恐れた。詩人でしょ、あの藤の花と紙がパパの全部のヴィジョンの根だからとか」
 知人は妻の記憶まとう藤の花が好きだったのだ。それは違いない。しかしその記憶をまとわせる藤を結婚の記念に植え与えたのはあの男だった事を知った。
 穏やかな陽が、細く幾つも差している。私は花の隙間からゼリー状の空を眺めやり、一体にいつからこの世界はドラッグをでも舐めなければ真実らしきものを垣間見る事ができなくなってしまったのか。藤の樹木を彫って作られた文殊菩薩が与えるという天罰について思案した。
「正気の沙汰じゃなかったわ」
「そうだね」
 と私は相槌を打った。
「でっち上げよ。仏像は藤じゃなくて楠の材木でできてるのよ。でもパパったら、紙はあの男に譲ってもらってたし、あの男がママの為に藤を植え込んでくれたのだからという理由で断り切れなかっただけよ、正気じゃないとできないわ」
ナヲミとあの男との情事は、ナヲミの勤め先ではなく、この場所で何度となく瞳孔を開かせておこなわれたと言う。
「あれだけ足を広げていたのなら、七桁位は稼げていたわ」 
 ナヲミが文殊菩薩を密かに破壊したのは、荒れ狂う父親自らが壊したと思い込ませる様に、幻想の中で仕向けたのだった。ヴィジョンをしてヴィジョンが取るに足らない事だと気付かせる。そんな拙い実験をした様だった。荒れ狂う幻想の中で機会を狙っていたらしい。少女らしさが覗えた。 
「躰なら幾らでもあるのに」
 とナヲミが唇を尖らせながら笑って見せた。
 私が金の件で知人に会いにいった時、知人の妻が門の外で電話をしている姿を目撃した事があった。表情に陰りがあったのを覚えている。知人の妻は快楽に狂っているという又聞きをしていた私は、彼女の膝小僧に戯れてまとわりつく娘を哀れんでいたと思う。
 私は早急にでていく事を深刻に提案した。とたんナヲミは、もう解決したわねと喜びだした。
「ただし、お家を全焼させてからよ」
 二人はスーツケース二つを足下に並べて、門に立った。炎は火薬を仕込んでいるかの様に物凄い速さで上空へ向け家屋を舐め尽くしていった。藤の花が炎上の中で揺れていた。ナヲミは私が買った文殊菩薩を片手に持って、背伸びをして見上げている。
 私も私を解雇したせせこましい会社を燃やせたら良いと思った。居場所がなくなる事がどんなに寄る辺ないものか。お陰で、私は当面、マンションの家賃すら払えなくなったのだ。
「何処に棲もうかしら、一緒に」
 ナヲミが文殊菩薩を弄びながらそう言った。
 その手もあるのだがしかし、暮らしていけるのだろうか。私はひねもす何もないのだ。風俗のボーイをやるには歳を食い過ぎている。経験もない。私は失った九〇〇〇〇円を乏しく思いだしながら苦笑した。
「あるわよ」
 ナヲミは買ったばかりの文殊菩薩を返品しにいこうと言う。ナヲミは照れる私を引いて、ビル街のショッピングモールの方角からやってくる人間や消防車とすれ違いながら坂を下りて、工務店のドアを開いた。
「火事だって?」
 店主の男はドアの近くに立っていた。
「薬漬けと強姦を見逃す代わりに文殊菩薩の代金を一〇倍にして返して。それから二人で住める家を案内してよ。平屋が良いわ、新築の」
「捕まっちまうよ」
「そうかしら、消防法違反のお家が燃えてしまったから?」
ナヲミが責めると、男はあからさまに翻って、笑みを浮かべた。私にはそれがことさらな厭らしさと窺え、気に病んだ。
「色々世話になった事だし、例の物もよければ。ハヴァナイストリップ
「ええ。私達これから旅をするの」
 下唇を噛んで笑う下卑た男に即答したナヲミは、何も気にとめない様な面立ちを、私に向けた。それは洗い立ての様な顔だ。
そして今、もう私たちは空の上を飛んでいる。
「こんなにある。何枚かしら。そこまで悪者でもなかった様ね」とナヲミが明け透けな笑顔を見せた。「この紙で自己洗脳し放題ね」
 金がない私は、早速紙を使った。現実に頼るためには洗脳でもされよう。大型ジェット機からの空が例の如く染まり始めた。私はなめらかな文殊菩薩が召喚されて地上に降っていくところを正確に眺め下ろしていた。充ちた大気に洗脳されていくかの様だった。
 私は夢うつつの心地で、上空で未来の結婚を今するという詩に思い至っていた。暮らしは戻れそうにない。戻る気などない。この先の幻をや。
 現実、家事は得意なの、とナヲミが飴細工の様に笑った。かぐわしい甘い匂いが揺れるのを私は、何も気に病みもせずに味わい尽くそうとしていた。ナヲミの札束を数える音が夢の様に響いていた。

君がここにいてくれたなら

君がここにいてくれたなら。
僕と君は友人だったから。
ドラム缶を叩いて踊り狂っていたし、
上空へ叫び声を上げて、
怒鳴られてさえ止めなかったから。

君が今ここにいてくれたなら。
友人である君を思い出している。
潤みもしない瞳で、
演じていた素晴らしい音楽たちと共に、
君を思い出している。

僕らはハードコアでいてプログレッシヴな、
あの音楽たちの批判していた内容のように、
本当になってしまったのか?
見当たらないのだ、
あの痛みある震えた青空は今、どこにある。

君がここにいてくれたらいい。
僕らは枯れた丸太のようになってしまったか。
音も鳴らない枯れ木に?
まだあの樹木のある公園もあった。
すべて風に吹かれて燃えてしまったか。

遅れてしまったか。
手遅れなのか。
取り返しがつかなくなったのか。
思い込みなのか。
思い込むがゆえ、本当になってしまうのか。

道が燃えている。
よく見ると、足跡が炎を上げている。
過去へ向けてかかとが、
つづら折りに続いている。
それを僕は目で辿っている。
その先に若い僕らはいて、
竜巻く色彩のなかで、いつまでも踊っている。

生きている意味が分からなかったあの日々が、
いちばん価値があったろう。
今、もしも君が僕のとなりにいてくれたなら。
今を耐えるためにも、
今君がそばにいてくれたらいい。

 

カラースライド

「風景よりも写真機が気になるの?」
 混み合うエレベーターのなかで、彼女がいって僕に笑みを見せた。彼女の精神にも良い事だろうと、東京タワーのなかからの景色を眺めに行く所だった。
 確かに僕はカメラばかりを気にしていた。とはいっても、自分ではなくて他人の持ち歩くカメラばかりを気にしているのだが。親元を離れて東京で暮らしているせいだろうか。こうして僕は最近いつも苛ついている。エレベーターのなかでも皆がカメラを持っている。「一億総写真家」の現在、写真家である彼女はそれを気に病んだりはしていないが、プロではない僕の方はそれに対して苛立ちを覚えていた。
 登りついた僕たちは窓際の皆に混じって上空のフロアからの眺めへ向けてシャッターを切った。彼女は気軽に撮っていた。僕はといえば、それが責任みたいに写真を撮り続けている。何故こんな事をしなければならないのか。
「お腹が空いた」
 彼女がそう言って僕の手を引いた。
 レストランからは旅行客の人混みとテーブルの向かいに座る彼女だけしか見えなくなっていた。窓が遠くて東京が見えない。
 ざわめきのなかでオムレツを食べ終えてから何か冷たい飲み物をとメニューを見返していると正面から彼女に、撮りためた写真について意見が欲しいといわれた。インスタグラムで知り合った仲だから、彼女によりアップされたそれらについてはすでにコメントをしている。彼女の手による他の物について僕が答え出すと、彼女は嬉しそうに僕を見詰めた。
 インスタグラムを遠慮する事を勧めていた。アップされた物を写真集にするのは止めておいた方が良い。見知らぬ者どもからぼろ切れの様なコメントを受け、それに対して一々傷ついている彼女の分かりにくい写真などは、どうせ売れたりなどしないのだから。そう言った事があった。彼女はネット民(そんな存在があるとして)に向けて撮りも作りもしてはいないし、儲けるために売るのではないのだからといって僕に耳を貸さずにいる様だったが。
 くたばれ、分かり易い様にばかり振る舞い、群がる者どもなどはくたばれ。そして僕は惚れている。彼女の態度に惚れている。僕は彼女と違って、バルトもソンタグベンヤミンも読んだ事がない。その三人の名前を知ったのも彼女のお陰だったが、そんな物を読んでいるから彼女は更に気が変になるのだと思う。それでも彼女に惚れている。
 そんな僕が答えている。
 嬉しいわ、と彼女があけすけに微笑んだ。歩いてきたウェイトレスがトレンチで運んできた二つのクリームソーダをテーブルに置くと、彼女はポーチから取り出した抗うつ薬をクリームソーダで飲んでからリップを塗り、脇のカメラを取り上げて僕を撮ろうとレンズを向けた。僕が慌てて避ける。
「その薬を僕にもくれないか」
「効かないわよ」
「強くなったらしいじゃないか」
「効く人にしか効かないの」
「今の僕になら効くのじゃないかな」
 渡された錠剤とカプセルの入った半透明のパケをちぎって僕がそれを飲んだ。くすぐったい感覚が走った気がした。三〇分ほどで効く人には効いてくる。
 二人に三〇分が経過した。気がつくと人混みが減り、遠くの窓にもう傾きかけた午後の太陽がある。けれども僕に変化はやって来なかった。病気で無い事を確認するために薬を飲んだみたいだと彼女が苦笑した。今はね、と僕が初めて笑って答えた。二人はまた外の東京上空へと席を立ったその時に、彼女が頭痛と不安と恐怖を三拍子訴えた。きっとこの空の圧力と人混みにやられてしまっているのだ。僕には救えないと思う。
「どうしたのよ」
「君こそ大丈夫なのかい」
「じきに直るわ、気圧のせいかも知れない」
「こっちも気圧のせいかも知れない」
「そんな気もするわ」
「殺意かも知れない」
「できれば止めにして欲しいわ」
「自分のせいで良いよ」
「ふて腐れるのね」
「仕方が無いだろう」
「それとも死にたい?」
 僕は答えなかったが、どちらでも同じ事だと思われる。そうして世が暮れていくまで撮る。撮って撮って撮りためて彼女がカラースライドにする。それを上映するのは僕だ。僕らはそうして刻一刻老いていくだろう。そして共に犬死にするだろうか。
 怒りだ。
 この見える世界に対してあえて怒るのだ。
 僕は怒りにより若気を取り戻す。
 怒りの対象は充ちている。
 時代への怒り、
 場所への怒り、
 しがらみへの怒り、
 彼女と僕をここでこうさせている怒り、
 そして今更ながらも一体に、
 僕らは何故生まれてきたのだ、
 それらすべてを子供染みた叫び声と共に、カラースライドに封じ込めて上映するのだ。
 詰まらぬ人間になるなというのが祖父の口癖だった。曾祖父もそうだったと母から聴いていた。そしてぼくを生んだ母は祖父に似ていた。
 詰まらない他人に囲われて僕は腐るだろうか。詰まらない人間だから他人を腐らせるのだろうか。腐った関係、腐った暮らし、腐った人生、もしも僕に腐っていなかった日があったなら、いつでもその日に戻るべく生きている。それだけで生きている。この空に囲われて、まだ生きている。
 けれども、それが自分だけで無かったら? 夥しい数の人間が同じ思いだったなら?
 彼女がほくそ笑んだ。僕をよそに、光景がある。全体は積乱雲の偏在するドーム状のシェルターのかたちをしていて、広がる東京の街を傾きかけた太陽が照らしながら、あちこちに影を作っている。飛行機が雲の切れ目のみずみずしい青に浮いて動いている。その下の湾の真ん中に光芒があって、その光の楕円の中でタンク船がいつまでも停止している。二人のいる東京タワーの外の街と海は午後のなかでたゆたっている。眺めていた。たとえ世界が巨大だとしても僕らは決してちっぽけではない。
 窓に雨粒がついて、時間が流れだしたのを知った。旅行客が激減していた。二人は空を消し去る人口の夜景の訪れを待ち望みながら写真を撮り続けた。孤独を忘れる光景の移ろいを手繰り寄せる準備をして、東京が灯る時間を待ち続けた。 

夕暮れの歌舞伎町から振り向くと、
出勤タイムの女性たちの波が寄せてくる。
左右に別けてぼくを通り過ぎていく。

女たちに支えられている街がある。
笑いと涙、
地獄と享楽に支えられている、
素敵な街がある。

光っている磁場、
彼女たちにぼくらは支えられている、
そんな場所がこの国にもある。

不思議なのはそれが、
ぼくに懐かしさを与えてくれる事だ。

女性たちよ、
ぼくの母もまた女性だった。
笑いと涙に煉獄享楽、
母もそれを与えてくれていた。
父親不在の思い出のなかで。

ぼくが夫だったなら、
相手に何を与えよう。
ぼくが父親だったなら、
子供に何を与えよう。

ぼくは歌舞伎町の入り口で、
夕日の色にシャツを染め、
これから我が家に帰らなければならない。

もうすぐ夜が降ってくる。

エクリチュールだ、あっかんべー

このブログのおかげで、女性と別れる羽目になりました。

どうして、作品と作者を同一視するんですかね。

一体に、いつの時代の人なんでしょうか。

ぼくはブログに書いた作品の様な人物ではありません。

古い考えの人、

現代思想でも読んだらいかがでしょうか。

日本の私小説の因習は根強いですね。

 

というわけで、ブログを休んでいました。

本腰をいれている書物で忙しいのですが、

また更新しようと思っています。

エクリチュールと作者を同一視する古い考え、感覚しかもっていない人とは

これからもぼくは戦っていく所存です。もしくは相手をしない。

あ、ぼく、お涙頂戴の作為にみちたお話は書きませんからね。

媚びませんから。

では。