弌矢コード

挿絵に負けたくないです。

つぶやき

 

 

いま、数百枚くらいのものを書いているのですが、描写が全く書けず筆が進む様子を見せません。千手観音だったらなあ・・・・・・

と空想してみて自分で苦笑してみたところで、

唐突ですが、何かを懸命に作ったのに批判されたとき、

「だったら、あんたが作ってみろよ」

とか言ってしまう人は作り手失格ですからとっとと表現など止めましょうさようなら。

とかなんとかついついツイッターなどに垂れ流してしまったのは、

あまりにそういう愚鈍者どもが多かったからつい。

だって作り手と受け手の関係性をすら感じ取れない気の毒なのが本当に多いんですよ!

翻って最近、音楽ばかりを聴いては友人たちに手紙を書いています。

千手観音だったらなあ。

空想です。

 

フライヤー

前略

夏フェスの季節でもありますね。
踊り狂う人々盆踊りの如し、はつらつと綺羅びやかで頼もしい限りです。
などと申し上げては誹りを受けかねるので付け加えるに、
盆踊りもぼくは大好きです。参加せずに傍観するが好みです。
なぜ盆踊りはくるくる廻るかご存知ですか? 
存じておられる方々すみません。

只今、大変暇なのですが、精神的に多忙で御座います。
しかしながら、執筆は続けておりますので、
近々、また拙い文を上げる所存であります。 

お読みになっていただいている方々、
感謝申し上げ続けて止むことなしで御座います。
土下座をでもしたいくらいです。
その膝に重き石を乗せられても構わないほど。
できれ年月をかけて成長する水晶とかがいいな。やめてね。

本当に感謝しております。無論こころより。
憂いも鬱もあるけれど、ぼくは呑気です!
それでは──

草々

内面青少年

──空腹も満たされてしまった事だから退屈で死ぬか殺すかしたくなって来るのだ。
 東京芸術大学の食堂での友人によるその呟きに同感だと答えたが、あの時の彼は、或いはぼくを殺したかったのだろうか。
 差し当たり休暇のいまは夏、東京は生活に埋め尽くされていて何も無いので未だ破棄せず持っていた画材道具をカルトンバッグに入れて家を出た。埠頭へ向かう事にしたのはいつもの様に夏から海という気分の移ろう作用による。別人たち皆と同様に。
 たどり着いたら夕日が赤く沈みかけていた。廻りに注意してからジタンに着火した。定まらずゆれる海辺を眺めていると、赤く染まっている海の色が次第にどす黒い方向へと変容して行く様に垣間見えて来て次にぼくは海外で本物のアブサンをボトルで煽って波止場を蹴り静かにダイブして行く絵空事を頭に描いていた。
 内面の様なものの空白にドラッグを埋め込んだ知人がいる。マンションの天井に刺さりゆらめく夥しい数のサーフボードに怯えて、花盛りの木陰でフルーツの様に縊死をしたのだが、その事を後日、ぼくなど遠く及ばぬ性欲の強さを兼ね備えた女との行為の最中口にしたら、その女は途端にオルガズムに達した。続けて詳しく伝えると更に何度か気をやっていたが、あの時の新宿の夜景はビル群がビル群自体の光に溺れて明滅しながら鮮やかに彩っていた。
 波止場に客船が重油の匂い混じる微風とゆれながら停泊している。ぼくは待ち構え、それを眺めている。夕日が消えかかっていて、すべて別の色に暮れ始めている。
 東京芸術大学の友人とは便りが途絶えたままだ。あの光の何処かにいるだろうが、確かなのはこの世界から消えたがっていた事だ。ぼくの恋人とも気の置けない仲だった友人は物欲に身を浸らせていた。目新しい物へ向けて藁をも掴む勢いだった。けれども長続きしそうに無かった。描く事もとうに止めて引き籠もったままでいるらしいと彼の実家の電話で母親が声を震わせていた覚えがある。PCの音声チャットゲームに溺れている様だった。友人は電話を持っていなかった。死んだのではないだろうかとぼくの恋人が泣いていた。
 暮れて行く遠くの街の音が変わって行く。雲は藍色と消えかかっている。ヘッドフォンをあてた。モーダルなジャズが流れたままになっていたからジャズ・リベレーターズへ変えた。ハンドクラップからルーズでいてハイなライムへと音が移ろう。彷徨う上空へ街の光が昇って行き刻限を決め込みかけている。次の瞬間、目前の客船が動き出す様な色分けがよぎった。
 恋人はピアッシングでは飽き足らないと、サイケデリックなタトゥへの決意をぼくへ向けていたが良い事なのだろう。ぼくにも勧めて来たが、検討すると答えたままだった。検討好きだと、何か諫めている様だった。何所に入れるのかと訊いてみると、至る所になるはずねと微笑みを見せていた。デッサンはぼくがした。結果はまずまずだったが、恋人は持続して燥ぎ続けていた。いまは整形手術を決め込んでご機嫌でいる。ぼくは手術の出来も褒め称える事だろう。
 夜と定まった。街の光に負けている空にも雲の陰りと星はあった。海上に金色の灯りが浮き出した。ビル街区の向こうに海の色と似て発光する東京タワーがあった。客船のエンジン音が大きくなって行く。客が見当たらなかった。休航日だろうか。ぼくは人物を探った。
 ぼくは顧客の少ない書店のアートコーナーを任される事になっていた。新卒の自分にはアートが好きな事とアートコーナーの職務とは関係など無かった。ちっぽけなストレスとしかならなかった。それから会社は時間を持て余す様になって行った。そして書店の抱えきれない女子店員の中からいまの恋人を選んでいたぼくはもう何も無くて財布も空に近かった。
 ため息をつこうかどうか考え込みながら次の音を探る。モニタァにコブルストン・ジャズの画像が発光したけれどもクラブ系統がいまの頭に馴染まなかったし、音楽自体がいまは気分では無くなっていた。
 顔を上げると真夜中、アクアラインに光が走っている。川崎の陸影が浮かんで見えて、その向こうの横須賀も連なり海に反射してゆれ映っている。寄る辺ない気分から描く気分の現在に変わったかと思うと次のぼくが黒の海底から浮上してぼくに襲いかかって殴り殺し始める絵空事を描いていた。
──どうするのだ。
 空白に気分を一つ染め込んで暮らしている。束の間の一つ一つの空白を一色一色に染め変え続けてはそれを味わいつついまからいまを乗りこなす事だと口を滑らし学校の笑い者になりもしたのにその事が変わらないでいる。
 酒も含めドラッグの類いも試したが好きになれなかった。金や恋や愛欲自体でもない。芸術全般を選んでいるいまは喜怒哀楽を描きまたそれを味わう事により、死ぬほど嫌悪していて殺したいほど憎しみを抱いている退屈へ向けて立ち向かう羽目になった態を保っているらしい。
 持続している自分に再度思い至る。客船の消失した波止場から海の光景へ向けて空が鮮やかな色に移ろい始めた。埠頭に恋人たちが二つあって棒状に頭を上げている。カルトンバッグからイーゼルを取り出した。
 アクリルから水彩へ原色のみと決め込んで描き始める。まだ夜景は煌々とあった。描かれて行く絵は写真を模写した様に平坦になったかと思うとそのパースペクティヴが歪み出してポワンティエだらけになり重力も孕まなくなって行って新入生のぼく或いは別人に似て来た。
──画家さんは何を描いているのですか。
 淡い声がした。背中に恋人たちが立っていた。絵空事の自分と同化しながらぼくは描き殴って殴って殴り倒してもなお止めようとせずに闇が上空へ昇り消えて行く矢先に赤と青が滲み広がって来た時にはすでに筆を置いて煙を吐き出していた。それから充ち足りた様子の男女に向かって笑い声を上げながらジタンを海へ投げて見せると両手がべっとり染まり滴っていた。
──良い絵なのですね。
 答える間も無く次の一面へ向かわなければならないいま、明け透けな空の下で鮮やかに彩る果実を欲して空腹を抱えただけでいる。

 

organisms

 真夏の休日に汗して二〇時間眠るとは何事だ。ひとりごちて昼間の部屋の空を蹴る。起き抜けにもう一度イージーな酔いを決め込んでも構わぬほどだと身をもたげ、四時間を過ごすため暗幕で部屋を閉じて黒い窓辺に座り込んだ。
 机の上の物珍しさを見やる。私が昼間というものを毛嫌いしている事を承知の友人がくれたランプに点火した。部屋が仄暗い七色に色づく。暗幕で部屋を閉じて一歩も出ないでいる昼間にページをめくり色彩豊かなウィリアム・クラインの写真集を眺めている。判った眼でどんな写真だと、またひとりごちた。
 部屋は暗いが漏れ入る音が昼間でやりきれない私は妖艶なエレクトロニカを廻した。テクノかも知れなかった。ハウスかも知れない。まだ騒音がしている。ヘリコプターだろうとシャッターを閉じた私は空腹に気づき、立ち上がって陰るキッチンでひとり不機嫌なまま好物のデーツをこんな味だったろうかと囓り舐めた。
 廻している音が終わった。次いで外音が侵入してくる。上空を巡回する警察のヘリコプターに決まっている。眩暈がする。この真夏の昼間から私は、あのクラブミュージックの箱に行こうか。リーガル、イリーガル、イージーなドラッグの酔いに充ちた箱だが眩暈にも都合が良い。
 ベッドに再度入り頭を抱え込む。ごくりと喉が鳴る。外も内も闇が昇る時刻に成っている。迫り来る出社の瞬間に一度、塊の支度をするのだ。このまま眠らず無機物なスーツに囲われて運ばれ皆と一斉に無機物に成り果てるのだ。そして太陽に対する復讐の月をしばたく眼で禁断しつつ待ち望み躍動する肉体を与えられるのはまだかと当て込んで延々と動作するこの私もまた薬物依存者ではないのか。
 疲れてもいた。沈みを決め込んで眠りすぎていた。動けない。まだ動いていない。シャッターが音を立て始めた。暗闇を染めるランプの灯火が強くなっている。瞳に飛び入り迫りくればいい。部屋が七色に放火された模様で、事実なら良いのだとアクシデントをさえ味わえなければ暮らしさえ危ういとは一体に私は何事か。──

 台風がくる様だった。国営放送のBGMを排除して灯りだけは許し、アップジョンを使う程度には寝返りを打てる事を確認した。そのうちエアコンを凍えるほど下げる事もできたし寒さも感じていた。眠れずこのままふらつきながら今日が始まる。
 配達員がベルを鳴らした。そうだった、これからイージーな快楽だけを手にして日中から夜通し不眠での装備を命懸けでするのだった。摩耗すら嬉々として引き受けて瞳孔をも開き切り今からこの部屋より内へ向け色彩豊かに変容させてやるのだと。
 扉へ向かう。
──何も問わせないが何も問われない皆同様だ。
 七色で、ランプが用無しと成る。
 内に血潮が溢れる。
 落ちろ、昇れ、どのみち結構だ。
 外もこれから全部荒れ果てる。

 

ゆく果てを抱き続けて

 薄ら日照り込む成田空港のサクララウンジ、夏の旅行客たちのざわめきのなか、海のなかが素敵でキラキラと美しい酷く不味そうな魚の群れがフィンに寄ってくるのよ、と初対面の峰子が一辺倒に話し続けている。遠くで旅行客のゆがんだ笑い声がどっと上がった。いつの間にか、ラウンジは満席になっていた。峰子の背後で、積乱雲の浮かぶなかへとジェット機が昇って行く。飲みかけのアイス珈琲を置いたまま空港をでた。そしてふたりは手を繋いで陽炎ゆれる駐車場まで歩いた。
 スズランの香りがゆれた。四0キロほど走らせると空を彩りだした鉛色の雲から、ちらつき光る小雨が裾を広げ始めた。対向車線はダンプカーの渋滞になっていて、ヘッドライトが道の遠くまで数珠繋がりに伸びている。ラジオを点けたが、この辺りはいつもラジオの電波が混線する。窓の外の光景が沈んで行く様だった。湾岸工業ベルト地帯が見えるエリアでワイパーの速度を上げた。もうすぐたどり着く海辺に入り江・アパルトマンはある。
 幕張の湾岸に沿う二〇階建ての入り江・アパルトマンはオリエンタルな作りになっている。最上階の、硬度のある表面がなめされたユーラシアウッドの部屋だが、ぼくは親に断らず勝手に内装を少し変えて、密かな小部屋を取り入れた。
 到着して、峰子を招き入れ、ホームページで購入したプレミアムラム、年代物のロンサカパを酔わない程度にショットへ注ぎ込んでテーブルで峰子と向かい合った。峰子が語りかけてくるので、日本ではマンションと呼ぶねと答えた。峰子は開放的だった。適度に血流を上げてから乾燥サボテンを摂取し、エアコンの温度を強く下げて、部屋の温度が十六度になったあたりで、ベッドにふたりで潜り込んだ。すずらんの香りが充ち過ぎなほど充ち広がった。
 そのうちまどろんでいた様だった。まだ夜明けらしい。もう一度、眠れそうにない。テーブルのボトルがモニタからの灯りをゆらゆら受けて拡散している。テーブルの下へと輪郭のはっきりした峰子の黒い下着が垂れていて、その先でまだ雨の音がしていた。床に降りてベランダの窓を開ると発光する彼女が寝返りを打って、何か呟いた。適当に返しておきながら、端末に向かった。これからのために、東京湾の南にある、すっぽんのスープとフィレ肉のアボカド炒めが売りのレストランに峰子を連れて行くことに決めた。峰子が起き上がった。峰子の下くちびるをめくると、ハート形のタトゥが覗けた。消すことは可能なのかあとで調べてみようか。エスプレッソを飲んでふたりでシャワーを浴びた。
 降り注ぐ雨のせいか、レストランは客が少なかった。窓際から見える、鉛色の海辺を落下する真夏の雨は、次第に量が衰えて行く様ではあったが光景は悪く、対岸はみえなかった。
 プーケット島でのコムローイを断念したと峰子が愚痴をこぼし始めた。あの状況で三箇月もプーケット島にいられるわけがないと発光する画面を見せてきた。ギャルソンが、前菜を運んできたことに気がつきながらぼくは動画を見続けた。真っ白の砂に落ちる人影により、太陽が真上から降っていることが分かる。海岸のふちに咲く深紅の花陰で、水着姿の筋肉質で焼けた婚約者だろう男が、カメラに向かって手を上げ下げしている。何やら酷く酔った様子だった。カメラが右に動いて緑色に溶け合う青色の海が伺えた。
 降り止んでいた。レストランの窓辺からの海は濁りを増して、栄養を含んだ様だった。湾口の水平線手前にある光芒により銀色に揺れているその下を、外国航路の大船がくぐって行く。別れた婚約者を電波で探りながら、フィレ肉のアボカド炒めを口にしている峰子がぼくのすっぽんの食べ方を見つめ、声を立てて笑った。
 峰子は帰り、不機嫌になった。婚約者だった男が横浜から汚らしくこちらに近づいてくるという。ぼくは峰子が横浜に住んでいることを新たに知った。外はもう闇が落ちてきていて湾の対岸に陸影が浮かんでいる。あの光の粒のひとつが私の住処なのよと峰子がいった。あそこから男はどんな顔をしてくるのだろう。
 男はこなかった。明くる日もこなかった。峰子はこのまま幕張の入り江・アパルトマンに泊まり続けたいというので、ぼくは受け入れた。ふたりは何度も眠りに落ちた。
 ふたりを覚醒させたのは峰子の端末が通知を受けたときだった。インターネットのサロンページからだった。峰子がインターネットサロンの自分の履歴を覗くと、そこには婚約者による記があった。
──おまえより年下の女と遊んでいたし寝てもいるのだ。
 ふたりが会ったのも、そのインターネットサロンだった。趣向の合う者同士の音声通話。峰子の居場所はプーケット島だった。即座にノイズの混じる音声で性的関係を結んでから、ふたりは端末を接続したまま眠りに落ちた。
 ふたりは男のことなどお構いなしに入り江・アパルトマンで過ごした。すると金が尽きてくる。そろそろ兼業穀潰しであるぼくに無心を迎える日がきた。生活費を送金されながら乾燥サボテンで小遣いを稼いでいることを打ち明けると、峰子は快く受け入れた。ぼくは三箇月のあいだを使ってプーケット島へ旅行をする提案をして話し合った。
 それから入り江・アパルトマンで乾燥サボテンを食みながらふたりが準備を始め終えたとき、峰子が妊娠の反応を認めた。
 ウェブには三箇月といえばつわりもピークを迎えるとあった。けれども峰子は今後の暮らしの相談ならば旅行先のプーケット島でしたいという。峰子の心身にことがあればいつでも帰ってこられるということで、ふたりは成田空港へ向かった。
 夕暮れに、空港へ走らせているとき、峰子の端末の電波に異変が起こった。男が近くにいる。成田空港らしい。この辺りは電波が障害を受けやすいから、それと関係があるのかも知れないが、どのみち電波の全貌などはどうでもよかった。夕日が東京湾へ沈んで行くとともにに対岸の横浜が光りだした。
 空港のラウンジは空いていて、夜のチルアウトルームとなっていた。ふたりは窓際のシートを使ってモクテルをオーダーしながら飛行機をまった。窓から七色の滑走路、もっと向こうで夥しい光の粒が瞬きながら陸地を彩っている。望んでいた。プーケット島へ飛ぶところを男に見せてやりたいと。この夜に、そこまでふたりの気持ちは一致している。電波状況は完璧だった。男は空港にいる様だ。鮮やかに流れる音楽などよりも男の足音に敏感になっている耳を傾けていた。
峰子は三箇月続ける婚前旅行先のプーケット島で破棄を決めて、ひとりで帰ってきた。それからこの空港でぼくと初めて対面したあの日、そのことを打ち明けたのだった。そして、いま知らされたのは、峰子の躰は子供ができにくく、強い酔いにやられた男に酷く責められたということだ。けれども妊娠の反応はでている。それについて峰子が一辺倒に語りだした。
 あのインターネットで繋がったままふたりで性的関係を結んだとき、峰子は想像妊娠をしたのだった。妊娠しにくい躰が想像妊娠をしたことが喜びだったと峰子が一辺倒になっている。峰子は昔から、子供ができたら入れ墨を体験しようと考えていたという。それにしても男の行方はどうなったのだろう。
──いつまでも現れたりなどしないだろう。
 探るまでもなかった。警察から着信があったのだった。空港に隣接するホテルの一室でオーバードーズにより男が死んだということだった。けれども相手の女に譲り受けたドラッグで遊んでいたにしては摂取量が多過ぎる。警察は殺人の疑いも考慮に入れているといって、通話は終わった。やはり相変わらずだったのよ、と峰子が呟いた。
 静まるラウンジのなか、峰子は自責に囚われ始めた様子だった。妊娠のせいかも知れなかったが、ぼくには分からない。中止にするかと提案すると、峰子は断固反対した。必ず行くといいはった。そしてコムローイ他、様々なものを見て廻るのだと。男との思いで作りだろう。やぶさかでなかった。ぼくは乾燥サボテンのプッシャーにはもっと気を引き締めなければいけないなどと考えた。因みに現地の島には幾らでもプッシャーがいて、なんでも簡単に手に入るらしいことを峰子に教わっていた。
 ふたりはこの夜に離陸した。湾を縁取る光の陸地が見える。それは拡大していって、雲の下に消えた。しばらくして現れたのは雲の下の異国だ。着地のとき、拍手をしている乗客までいた。プーケット島は、インターネットによるとビーチが至高とある。峰子の端末の動画でそれは分かっていた。観光もインターネットに従えばこと足りる。
──何でも入手可能なのだし妊娠しているのだから様々なる快楽を享受して浸ればいい。
 空港の外は晴れていた。三箇月のあいだなどはすぐに流れ終わる様な光景だった。宿泊先のホテルは、錯覚か、オリエンタルな作りで、入り江・アパルトマンに似ていて見えた。まずは観光もそこそこにしておいて、ホテルで寝そべりながらビーチを選び、港までバスで移動して、プーケット島へ海を渡り、直行でビーチに移動することにゆっくり決めた。
 ここが東京湾沿岸のレストランで覗き込んだカロンビーチだ。アングル以外は同じだった。ふたりは海に入った。確かに食に向かなそうな美しい光沢を帯びた魚が群れをなしている。ふたりは戯れ続けた。
 躰の疲れをとるために白銀に照り返す砂浜で、島の路地裏の売り物を再度食した。海の向こうに蜃気楼が現れゆがみゆれてそれを覆うように大粒の驟雨の幕が降りてきた。峰子は映像を取り入れている。
 コムローイの時期まで、日本の警察から連絡はなかった。ふたりは様々な遊びに甘んじた。行為三昧だったが、峰子の体調に異変は認められなかった。そして期限はきた。ふたりはチェンマイへ渡った。
 バスは混雑していたが席を取れた。移動中、観光もいいけれど皆ブッディストなのかしら私たちも含めて、と峰子が呟いた。ぼくが眺めやった。少なくともこの国民は戒律を持ってそうね。ぼくが見澄ました。三箇月といえば出産の最終決断なのだけれどもそんなに瞳孔を開いて見つめないでよ、と峰子が口を押さえながら声を上げて笑った。車窓の外で眩暈がする。
 円を描く外回廊に曼荼羅状に僧侶が座している。儀式はこともなく始まった様だった。僧侶たちの厳粛な誓願の声が響くなか、夥しい人々が無邪気な様で灯りを浮かべていく。ふたりは参加はせず傍観者として見入っていた。上空のコムローイが明滅しながら光の粒となって、ただの夜空と成り果てるまで見送った。旅行は終わった。
 入り江・アパルトマンに戻ってから、つわりが始まった様子の峰子は、警察の捜査のいい加減さを知ったが、とにかく死んだことに違いはない。記念に、男の墓地へ赴くことになった。ぼくは遠慮した。
 峰子はなかなか帰ってこなかった。墓地のなかで迷っていて、何度も探しても見当たらないと端末に連絡があった。日を改めて見つけたらいいと返しておいた。ぼくはひとりだけの躰を持て余しながら端末に向かい続けた。峰子を待ちながら端末のなか、万華鏡の様な迷宮で彷徨っていると、あるサロンに入り込んでいた。
 例のサロンと酷似して見えた。似た嗜好者を探っていると、峰子そっくりの女の声と会った。間違いない様だった。会話はあまり弾まなかったが、白を切っているからだろう。峰子として話を続けていると、私ならばそんな簡単に婚約破棄などしないけれどと返してくる。会ってもいいとまでいわれた。是非そうしてもらいたい。具体的には聴かされていないが、場所は近いそうだから、幕張の海辺で落ち合うことにぼくが決めた。
 知らない女だった。かいだことのある匂いがした。手を加えればこんな顔になってもおかしくはなかった。くちびるをめくってみた。タトゥは見当たらなかった。夜が遠くで横浜の夜景を浮かべている。
──光の粒は幾らでもあるのだから躰を嗜めばよいのだ。
 女はどれだけ経験があるのだろうかと考えているとき、相手がこちらを見つめて姦しい笑い声を上げた。
 激しい頭痛が始まった。冬を受け取る肌の感覚もないが構わない。相手の女の全貌などもどちらでもいい。この躰で今夜、入り江・アパルトマンでその躰を確かめたあと延々と味わう。浮かぶ陸影がぶれ始め、拡散してゆれた。